第八話『過去の遺産』
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「ま、真澄!」
吉野は大声をあげ、勢いよく立ち上がる。まったく予想だにしていなかった親友との再開である。
これは夢?幻?。自分に問いかけるが、どう考えても自分は正常であり、目の前に現われたのは、まぎれもなく加藤真澄だった。
「ど、どうして・・・・・」
それ以上の言葉が出てこない。両の手を口元にあて、ただただ驚くばかりである。
「どうしてもこうしてもないわよ吉野。まったく鉄砲玉みたいに出てったきりで、私にすら手紙一枚もよこしてもこないんだから。これは一度、不義理な吉野を殴りに行かなきゃいけないと思ってね・・・・来ちゃった」
少々きつい言葉ながらも真澄の顔は笑っており、半年ぶりの再開を喜んでいるのが知れる。
「ごめん・・・・」
「もう、いいわ。吉野の顔を見たら、どうでもよくなったわ。吉野の気持ちも分からなくもないし、それに・・・」
真澄は少しだけ苦笑するような笑みを浮かべ続けた。
「それに、私も意固地になってたからね。吉野から手紙がこない限り、こっちからも手紙は出してやらないんだって、ね。だから、今回に限り許してあげる。次に同じようなことしたらタダおかないからね」
「真澄・・・・」
真澄は優しく微笑んだ。
劇的な別れをしてから半年、親友の真澄にすら黙って旅立ったことに、吉野はずっと負い目を感じていた。しかも、吉野の気持ちを理解し黙って見送ってくれたことが、その負い目に拍車をかけていたのである。何度となく筆を手にするも、その度にもう少し心の整理がついてから・・・次の公演が終わったら。と、ずるずると引きずっていたのだ。もっとも、真澄の方からも手紙が届かなかったことも、出す切っ掛けを見出せずにいた要因の一つではあるが。
突然の訪問という演出で再開を果たした真澄は、ゆっくりと吉野の方へと歩を進め、眼前で立ち止まる。そして柔らかな物腰で手を差し出し、破顔した。
「それじゃ、あらためて、久しぶりだね吉野!」
「うん、久しぶり真澄!」
吉野は、真澄の手を強く強く握った。目頭が微かに潤んだ。
「吉野の同郷の方のようね。よかったら紹介してくれないかしら?」
二人のやりとりが終わったと見越したローズが、吉野へと声をかける。
「あ、すみませんローズさん。彼女は仙台の幼馴染みの・・・」
「加藤真澄と申します。吉野がいつもお世話になってます。故あって帝都に来る用事がありましたので、吉野の様子を見ようと立ち寄らせていただきました」
「そうですか。私はローズ橘。吉野と同じ花組の一人です。よろしくお願いします。加藤真澄さん」
そういってローズは手を差し出した。真澄は花組を目の前にして、多少あがり気味ではあったが、落ち着いて差し出された手を握り返した。
「あの、花組の皆さんのことは、いつも演劇雑誌などで拝見させていただいてます」
ほんの少し頬を紅潮させながらも、やわらかい笑顔を見せる。ローズに続いて、サロンにいた皆が順々に自己紹介を始める。
「うちは、李春蘭。よろしゅーな。吉野はんには何かと手助けしてもらって、ほんま助かっとりますわ」
「アタイは霧島センカだ。よろしくな」
「わたくしは、帝劇のトップスター神崎れいかですわ」
一人づつ丁寧な挨拶を受ける中、れいかに挨拶された瞬間真澄の視線がれいかに釘付けになった。好奇心に満ちあふれる眼差しだ。真澄の視線を怪訝に思ったれいかは、訝し気に訪ねる。
「加藤真澄さん、でしたかしら。わたくしの顔が何か?」
「あ、いえ、すみません。あまりの美しさについ見とれてしまって・・・・」
真澄の言葉に、一同少し驚いた表情になる。
「あら〜、真澄さんは正直な方ですのね」
ピン、ピロリロリン。真澄の言葉に、れいかの真澄に対する好感度が上昇した。
「もう感動です。写真なんかで見るより、断然素敵なんですもの」
目をキラキラと輝かせ言う。
ピン、ピロリロリン。真澄の言葉に、れいかの真澄に対する好感度がさらに上昇した。
「そういえば、真澄は昔かられいかさんのお母さま、すみれおばさまのファンだったわね」
「ええ、ブロマイドからでも滲み出る気品は、もう圧巻と言うしかなかったわ。でも、れいかさんは、そのすみれさんを超える素質、気品、美貌を兼ね備えてるって聞いてるたから会うのを楽しみにしてたんだけど、こうして出会えて、改めてそれは正しいって確信したわ!」
思わず、ぐっ、拳を熱く握りしめる。興奮しているのが手にとるように分かる。
ピン、ピロリロリン。真澄の言葉に、れいかの真澄に対する好感度がさらに上昇した。
「おーっほっほっほっほっほ、よく分かっていらっしゃいますわ真澄さん。あなたには、本物を見る目がおありのようね」
「あ、ありがとうございます!。あこがれのれいかさんに、そう言ってもらえただけで、帝都に来たかいがあったというものです!」
ピン、ピロリロリン、ピン、ピロリロリン、ピン、ピロリロリン。真澄への好感度がうなぎのぼりに上がる。
そんな中、吉野はといえば感動の再会であったハズなのに、れいかに夢中の真澄の態度に、何か釈然としない物を感じていた。また、吉野の思いとは違うものの、真澄のはしゃぎ様に、溜め息を漏らす者もいる。
「知らねぇって事は幸せだよなぁ・・・」
「ホンマや。知らぬが仏とも言うしねぇ」
センカ達の言葉に反応し、れいかがキッっと二人を睨みつける。「おお、恐」などと呟きながら、春蘭はそしらぬ顔をする。
「それにしても、驚きね」
唐突に、ローズが言葉を漏らす。
「何がですか?」
「神凪さんと真澄さんの事よ。真澄さんが酔った水兵に絡まれていたところを、神凪さんが助けたのではなかったかしら?」
「あ、そうだった!神凪さん、真澄の窮地を助けてくださってありがとうございます」
言って吉野は神凪に向かって深々と頭を下げた。
「あ、いや当然の事をしたまでだよ、吉野くん。それに、非があったのは、あきらかに水兵達だったし」
「そんな事はないです、神凪さん。当然と思えても実際に行動に移せる人は、そういるものではありません。本当に感謝しています」
真澄は神凪の方へと向き直り、改めて頭を下げる。
神凪はまいったなぁ。といった表情をする。
「でも、ローズはんの言葉やないけど、ほんま不思議な縁やねぇ。いつもはほとんど外に出えへん神凪はんがやで、たまたま今日出かけた時に、帝都に来たばっかりの真澄はんのピンチを救ったんやから。しかも、二人とも吉野はんと深い繋がりを持っとるんやからなぁ。偶然を通り越して凄いわ」
「まったくだぜ。近衛が出かけなかったら面倒なことになってたかもしれないんもんな。もしかして運命の出会いってやつだったりしてな」
センカの言葉に、れいかと吉野の眉がピクっと動く。『男女の運命の出会い』で連想されるものは一つ。すなおに同意できる二人ではない。そんな二人の微妙な変化に、真澄は『ふ〜〜〜ん、ナルホドねぇ』と内心、笑みを浮かべていた。
そんなやりとりの中、一つの人影がサロンに近付いてきていた。そして、サロンに入るなり、皆の視線が集まる前に口を開いた。
「運命の出会いといえば、ここに集まった者全員にも、そう言えるかもしれない。人の出会いとはそうしたものだと思う」
ふいの声に、皆が声のした方に視線を向けた。そこに立っていたのは背の高い青い瞳の青年。
「周防!もう起きても大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だ。心配かけてすまなかった姉さん、みんな」
新しい登場人物に、真澄は驚きながらも吉野の耳打ちした。
「ねぇねぇ吉野。誰?あのすっごく格好いい人は」
「この人はローズさんの・・・」
吉野が言い終わる前に周防は、真澄の前まで歩みよってきた。
「はじめまして。ローズの弟、周防 橘です。吉野の友人だそうで。よろしく」
言って、軽く微笑み、右手を差し出した。
「え、あ、あの。は、はじめまして。加藤真澄です。こちらこそよろしくお願いします」
慌ててt、差し出された右手に応える。
「今朝まで唸ってた周防が回復するなんてねぇ。そ〜か、こっちで盛り上がってるのに気付いて、それがあまりにも楽しそうだからって起きて来たんだな?」
センカが笑いながら言う。明らかに冗談だとわかる口調だが、どこか気づかってるようにも感じられる。
「そうだな。何やら楽し気なんで来てしまったというのが正直なところかもしれないな。だが、無理をしてるわけでもない。全快とはいかないが、心配される程ではない。問題ない」
「そりゃ良かった。シーリス達も心配しとったさかい、帰ってきたら喜ぶと思うで」
「何はともあれ、良くなって良かったよ周防」
「近衛には迷惑をかけたな。色々と雑用を変わってくれたようで・・」
「気にするな。お互い様だ」
神凪は些細な会話をしてる間にも、周防の洞察力に感心していた。何の説明も受けずに真澄と吉野の関係を少ない会話で察知し、適格に状況を分析し会話をあわせてくる。冷静沈着が服を着て歩いていると言えるかもしれない。
「あの、どこか、お悪いんですか?」
遠慮がちに真澄が問う。
「軽い夏バテですよ。多少身体が重く感じるが、気にされる事はない。回復には向かってる」
「それでも無理は禁物よ。用心だけはしておかないといけないわ」
「そうですよ周防さん。無理だけはしないでくださいね」
ローズと吉野の言葉に「ああ、無理はしない」と答えた。
「夏バテには栄養を取るのが一番や。ちょっとでもようになったんやったら。たっぷり栄養とらんといかんで周防はん」
「春蘭の言うとおり。おめえに夏バテなんて似合わねえぜ。ご馳走をバンバン食って元気になって、また稽古につきあってくれよな!」
「ふっ、そのうちにな」
本当に大丈夫そうな周防に、一同安堵した。
「それ、いいですわね」
唐突にれいかが会話を切り出してきた。
「はぁ?なんだよそれって。何ワケ分かなんねぇ事を言い出すんだよオメエは」
「ご馳走ですわよご馳走!」
「ご馳走がどうかしたんですか?れいかさん」
突然、脈絡もないように口走ったれいいかに、一同は怪訝な顔をする。
ただ、れいかだけが、優美な笑みをたたえている。
「ええ、センカさんが言ったご馳走という言葉から、わたくし妙案を思い付きましたの」
皆と一緒に優雅(真澄の目を意識して過剰なほど)に笑っていたれいかが、ふいに一つの提案を掲げた。その提案に真澄は驚き、センカ達は一気に盛り上がった。
その夜、帝劇ではささやかながらパーティーが催されることとなった。
仙台から来た真宮寺吉野の親友、加藤真澄の歓迎パーティーである。
新メンバーが来たわけでもなく、まだかけだしの一女優の友人が訪ねて来た。たったそれだけの事なのだが、せっかく遠方から来てくれたのだからと、れいかが提案したのだ。
「せっかく真澄さんが、遠路はるばる帝劇にいらしたんですもの、歓迎会を開いてさしあげませんこと?真澄さんも、もっとわたくしの話がお聞きになりたいでしょうし」
と言い出したのである。センカのご馳走というキーワードでピンときたそうだ。
もちろん、そんな事を言いだしたのは、真澄の自分の大ファンだったからなのだが。
理由はともかく、こういう話になるとノリノリになるのが、センカと春蘭である。
「歓迎会かぁ。いいねぇ、せっかくだしやろうぜ、なぁ」
「ええねぇ、うちも真澄はんから吉野はんの仙台での話聞いてみたいし、やろか!」
半分、やれやれといった感じのローズも、最初に真澄に対し好感の持てる印象を感じていたのと、やはり仙台での吉野のことを聞いてみたいという気持ちもあり、賛同する方向に動いた。
むしろ、慌てたのは真澄の方である。
「ええ!。か、歓迎会ですか?。そんな、わたしなんかのために、そこまでして頂くのは悪いです!」
「いいっていいって、吉野のダチなら、あたいにとってもダチも同じ。楽しくいこーや、なっ?」
「あーら、センカさんに友達よばわりされたら、真澄さんが迷惑ですわ。やはり友人を持つのなら、わたくしのように気品と教養を兼ね備えてる人を相手に選ばなければいけませんわ」
「んだと、このイガグリ女!」
「なんですって!」
誰がいようと、相変わらずの二人である。初めてセンカとれいかの口喧嘩を目の当たりにする真澄は、口元に手を当ててクスクスと笑っている。
「いい加減になさい二人とも、お客さまの前なのよ!」
ローズの叱責で真澄が笑っている事に気付き、流石にバツが悪くなったのか、頬を赤くして、そっぽを向き合うのであった。
「良い場所ね、吉野。安心したわ」
優し気な顔をする親友に、吉野は満面の笑顔で応えた。
「うん」
歓迎会を開くと決めた花組一同は、速やかに役割を分担して行動に移った。
吉野も、ひとまず真澄との会話を中断し、自分のすべき事を始めた。まず最初にしたのは、現在出かけている睦月達への事情の説明であった。自室に戻り携帯キネマトロンで睦月を呼び出した。
『へぇ、吉野の友人が来てるんですか、分かりました。神凪さんのことは気をつけておきます』
「お願いします。シーリスとフローナもしゃべったりしちゃダメよ?約束できるわね?」
『うん、約束できるよ。絶対言わないんだから』
『・・・・・・フローナも言わない』
「偉いわ二人とも。それじゃ睦月さん。すみませんが・・・・」
『ええ、途中で何か皆でつまめるものを買って帰るわ』
「ありがとうございます。では、また後で」
通信を切った吉野は、キネマトロンを隠し戸棚に入れ部屋を出た。次はローズの手伝いで軽い料理を作ることになっているのだ。
足早に階段を降り厨房に向かう吉野だったが、支配人室の前を通りすぎようとした時、ふいに足を止め支配人室の扉を見つめた。
「大丈夫かしら・・・・」
少しだけ眉を下げ不安気な面持ちの吉野だったが、スグに「大丈夫よね」と心を切り換え厨房へと走っていった。
吉野と別れた真澄は、大帝國劇場支配人の米田に挨拶するため、神凪に案内され支配人室に来ていた。
「ほぉ・・・神凪が助け舟をねぇ。いや面白れぇ事もあるもんだ。神凪よぉ。おめぇさんも色々と奇縁があるみてぇだな」
「はぁ・・・そのようです」
「くっくっく。海軍からこっちに回されてきても、そうそう軍との縁は切れねぇもんだな。もっとも、切れてもらっても困るんだがよぉ」
言って米田はニヤリと笑う。その米田の言葉に、真澄はすかさず質問に入った。
「あ、それなんですけど、どうして大帝国劇場に海軍の少尉さんがいらっしゃるんですか?なぜか、みなさん教えてくれなくって・・・」
「簡単に秘密をバラされたりしたら、こっちが困っちまう。なにしろ、軍事秘密ってやつなんだからよ」
米田の言葉に神凪はドキリとした。『まさか帝國華撃團のことを話すなんてことはないだろうな』一瞬、そんな考えが頭をよぎるが、すぐさま『いや、それは無いな。米田中将の事だ何か考えがあるに違いない』と思い直す。
「軍事秘密!って、この劇場にそんな秘密があるんですか!?」
「まさか、ここはどこから見ても普通の劇場。秘密なんてもんがあるハズねぇだろ?。秘密があるのは神凪の方なんだよ」
「神凪さん?・・・いったい、どういう事ですか?」
「吉野の友人だからよ特別に教えてやるだぞ、秘密は守ってくれよ。実は俺は元は陸軍で中将なんぞをやってたりしたわけなんだな。これが」
「陸軍中将!支配人はそんな偉い方だったんですか!さくらおばさまは、そんな事教えてくれませんでしたよ?」
真澄は驚きの声をあげる。
「そりゃおめぇ当然さ。俺が初代花組の連中にかた〜く口止めしておいたんだからなぁ。なぁ、おめぇさん。考えてもみろい。大帝國劇場の支配人が元軍人だなんて知れたらえらい騒ぎになるぜ。軍から劇場に天下ったってなぁ。だぁっはっはっはっはっは」
軽いジョークをとばしつつ豪快に笑う米田を真澄は、クスリと笑った。
「天下りはともかく・・・とりあえず陸軍中将というのは真実と受けとって良いみたいですね。で、その事と神凪少尉さんとに、何らかの因果関係があると見て良いでしょうか?。だとすると、なかなか興味深いですね。フム」
どことなく芝居がかったポーズを取りつつ真澄は言った。米田の横に立っていたあざみは『どうやら、意外にも推理小説が好きな娘のようね』と、少しの仕種で真澄の嗜好をものの見事に看破した。
米田もそれに気がついているのか、少しノリをあわせてみせる。
「そうよ、それ。その因果関係ってやつに重大な秘密が隠されてるって理由だ」
「で、その理由とは?」
「その理由とは・・・・」
かたずを飲む真澄と、妙に真面目っぽい表情の米田。だが、次の瞬間、米田の表情が一転してあっけらかんとしたものに変わり、軽い口調となった。
「いやぁ、実はな。神凪の前に雑用係として3人ほど男を雇ってたんだが、そのうちの2人が、よりにもよって劇場の売り上げ金を盗んで逃げちまったのよ」
「・・・・はぁ?」
突然のなりゆきに、真澄は一瞬あっけに取られた。その斜後ろに控えていた神凪さえもコケかける。
「もっとも、盗られた売り上げ自体は、大した額じゃなかったんで助かったんだがよ。雑用係がいっぺんにいなくなっちまっただろ?。こっちの方が困っちまってなぁ。とりあえず残ってる一人、つまりローズの弟の周防なんだがな、奴に一人で頑張ってもらってたんだが、全ての雑用がこなせるわけがねぇ。そんで急ぎ新しい雑用係を募集しようとしたんだが、これまた難題がでてきてよぉ」
ポカンとする真澄を無視し、米田の独断が続く。
「こういう事件がおこったばかりだろ?花組の連中やらなんやらの女達が怖がっちまっててよぉ。身元のしっかりした安心できる人を雇って欲しいって言ってきやがったんだ」
「はぁ・・・・・まぁ、そうでしょうねぇ。わたしも恐いと思うかもしれませんし・・」
「だろ?。それでだ、早く人手は欲しいが、簡単に決めるわけにもいかない。と、悩んでた時だ。海軍で大佐をやってる昔っからの知り合いが『そういう事情なら、臨時に一人頼れる者を紹介しますよ』と、何処で聞き付けたのか、こいつを連れてきやがったんだ」
言って、神凪を指差した。真澄とあざみの視線が神凪に向けられた。
(よくもまぁ、そんなデタラメがスラスラと考えられるものね。流石は米田指令といったところかしら)。あざみはアキレ感心しながら、横目で米田を見た。あいかわらずニヤニヤして、つかみ所がない表情である。
「・・・・・嘘・・・・ですよね?」
正面に振り返った真澄は、点になった目をして米田に訪ねた。
「いんや、全部本当だ。まったく、こんな理由、公にできんしなぁ。ま、一部だけの軍事秘密ってことにしとけば問題ないだろうってな。一応は臨時って話だったんで、一月かそこらでしっかりした奴を入れようと思ってたんだが、どうにも使い勝手が良くてなぁ。言われたことはキッチリこなすし、行動もはええ。おまけに軍人だから、こっちは給料やる必要ねぇ。って、こんな都合の良い奴、他にはねぇからなぁ。オマケに生真面目なもんだから花組の連中にもウケがいいしよ。もうちょいもうちょいって、大佐にお願いして使わせてもらってるって理由よ。大佐も好きなだけどうぞって言ってくれるからついつい甘えちまってな。だぁはっはっはっはっはっは」
「・・・・大した軍事秘密ですね。それは人には言えませんね。あまりにも・・ちょっと・・・ねぇ」
脱力したように呟くと、神凪へと振り返った。
「神凪さんも大変ですね。命令で劇場の雑用係なんて」
真澄の言葉に、神凪は「はぁ」とか、「まぁ」とか困ったような笑みを浮かべながら、曖昧に答えた。
(予想外だったな。まさかこんな・・・・。でもまぁ・・・モギリに掃除、舞台の黒子・・・・確かに雑用係として来た面もなくはないか・・・ハハハ)
神凪は己の現状が、米田の説明にも符号する部分があり、まったくのデタラメでもない事を再認識し、心の中で乾いた笑いを漏らした。
「早く海軍に戻りたいと思う事ないんですか?」
真澄の問いに、神凪は我に帰った。
「え?ああ、そうだね。海が恋しく無いと言えば嘘になるかな。でも、今の仕事もそう悪いものじゃないからね。いずれは海軍に、海に帰るんだ。否な事もあるけど辛抱できない程じゃない。海の男はみんな辛抱強いからね」
そう言って口の端を微かに上げた。
しかし神凪は知らなかった。後日、罰として一ヶ月の便所掃除を命じられる運命にある事を。
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