第八話『過去の遺産』
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「そうか、やはり近衛は姉の話をしていなかったか・・・・。名は弥生というんだが、これがまたできた女でな。・・・・・文武に秀でた才色兼備、性格は穏和だが間違った事を嫌い、弱い者にも強い者にも同等に厳しく、そして優しかった。俺はいままでに弥生以上の女には会った事がない。今のおまえらでは、ちと歯が多端かもしれんな・・・・」
軽く笑いながら花組の面々を見渡した。
「弥生と知り合ったのは、俺が中央の陸軍幼年学校に入って2年ほどたった頃だったかな。弥生は真宮寺大佐・・当時は中佐だったが・・に付き添って幼年学校にきた。俺が15・・7・・いや、6だったか?まぁ、そんな時分だ」
「お父さんと?!」
「そうなんですか?先輩」
吉野と神凪が同時に反応した。
「そういや、この話をするのは近衛にも初めてだったか。ああ、吉野ちゃんのお父上だよ。そもそも、俺は真宮寺大佐の策略にかかって、帝劇の隊長候補なんぞにされちまったんだからなぁ。そんでもって弥生が最初で最大の罠だった・・・」
「罠?って、・・・いったいどういう事ですか」
神凪は、訝しげに輪墨を見やった。吉野は策略という言葉に反応しているのか、動揺した様子である。
「これは近衛も知らないだろうが、当時の俺はかなりの対人嫌悪症でな、周囲の人間を冷ややかに見ていたものさ。まぁ、多少の例外はあったが」
そういって、チラリと吉野に目を向けるが、すぐに視線を神凪に移しおどけたように微かに笑った。
「輪墨はんが人嫌いやてぇ?今の様子からやと全く想像つかんわ」
「ねえねえ、たいじんけんおしょう。って何?」
シーリスが目を丸くして頭上の?を飛ばしながら、吉野の裾をひっぱった。
「対人嫌悪症というのは、自分の回りにいる人、全員を嫌いになってしまう病気・・と言えば分かるか?シーリス」
シーリスの問いに応えたのは周防だった。シーリスにも理解しやすいように意味を変えてはいるが、そう間違っているとも言えないだろう。
「・・・・シーリスも嫌いなの?輪墨おじちゃん」
「お、おじ・・・。おに〜〜〜さんは、シーリスちゃんが大好きだぞ。嫌ったりするはずないじゃないか。もちろんフローナちゃんも大好きだ〜」
「ホント!」
「本当だとも、他の連中にはともかく、シーリスとフローナに嘘言うハズないじゃないか」
「・・・・他の連中ってのはどういう意味でい?」
「・・・・不愉快な気分ですわね」
「まったく、食えない人ですね」
「・・・・・・・・・・・・・・」
何人かが白い目を輪墨に向けるが、輪墨はそれらの視線を無視した。
「まぁ、とにかく、昔の俺は人と接触するのを極端に嫌ってたわけだ。そんな俺の元に真宮寺大佐が弥生をつれてやってに来た。移籍の話が目的なのは言う必要もないだろう。最初は戸惑ったな、いや邪険にしてたといってもいいか。真宮寺大佐の話すらまともに聞いちゃいなかった。『聞く気があるのか?』って聞かれて『いえ、ないです』と答えるような有り様だ。よく、怒りださなかったと思うよ。・・・いや、最初から予想どうりの反応だったのかもしれない。何しろ、今では陸海に名の知られた真宮寺大佐だ。普段から相手の行動を予測し、油断のない生活を送ってるんだろう。家でもそういう雰囲気はないかい?吉野ちゃん」
突然、話をふられた吉野は、少し驚きつつも父の事を頭に描き出した。・・・・・あまりロクな場面が出てこない。
「え、えっと・・・家でのお父さんですか・・・。はぁ、家にいる時はゴロゴロしてる事が多くて、お母さんにいつも怒られてるような・・・・」
「・・・・そ、そうなのかい?それは意外だったな・・・・」
「じ・・自分の想像してる真宮寺大佐とは、かなり違うような・・・・・」
輪墨と神凪の顔には、少し困惑した色が伺えたが、花組のメンバーは違っていた。神妙な顔をして頷いている者もいる。
「そうか、吉野の親父さんもそうなのか。あたいの親父も似たようなもんだ。いつもお袋に尻にしかれてるぜ。強い
には強いんだけどよ、どうにもお袋には頭が上がらないみたいでよ。ま、そこが良いところなのかもしれないけどな」
「へー、センカはんのおとーはんもかいな。うちのおとーはんも、人体実験なんかでおかーはんにこき使われてるわ。なんや似てるみたいやな。うちらのおとーはんって」
「まったく同感ね。母に頭が上がらないのは尊敬する父の唯一の欠点よ。周防、あなたはそうならないようにしなさい」
「・・・努力はしよう」
周防は無表情で言うものの、たぶん無理であろうと自覚していた。今でさえ姉に頭が上がらないのだから。
「あ〜ら、みなさん可哀想ですわね。わたくしのお父様は、お母様に頭があがらないなんて事はありませんわ。威風堂々として心から尊敬できるお父様ですわ」
「あっれ〜?たしか、こないだ雑誌で『神崎重工の三代目は恐妻家!』って記事を見かけた気がするんやけどなぁ。うちの見間違いやろか」
「な、な、なんて事をおっしゃりますの。そのような三流雑誌に真実が書かれているはずありませんわ、虚言に決まってますわ!」
「さよけ。まぁ、れいかはんの言うとおり、三流ゴシップ雑誌やから真相はどうかわからんけどな。ま、うちらのおとうはん等のはさておいて、うちとしてはしっかりした人と結婚したいわぁ」
春蘭はうっとりとした目つきでそう言った。
「あたいも春蘭と同じ意見だな。やっぱ、男ってのはいつでも堂々としてなきゃな」
「結婚するしないはともかく、父親は率先して家族を導いていくものだわ」
花組一同の理想を聞いていた輪墨、神凪、周防の三人は、まったく同じ考えに至った。『無理だ。絶対旦那を尻にしくにきまっている!』と。
「父親論議はそのくらいにしてもらって、先を進めてもかまわないかな?」
「え?あ、すみません。話の腰をおってしまって」
「いや、話をふったのは俺だからね。それに、なかなか楽しい会話を聞かせてもらった」
輪墨は唇のはしを上げながら言った。少しばかり心に余裕ができたのか、それとも覚悟を決めたのか・・・。
「さて、真宮寺大佐と弥生だが、俺が乗り気でないのを知ったからか、その日は1時間と話さずにそのまま帰っていった。本来なら命令一つで強制移籍させるのも可能なんだが、そんな素振りは微塵も見せなかった。本人の嫌がる人事は良い結果を生まないと知っているからだろう。それと、どっちに転んでも俺自ら移籍を決意すると確信めいたものを持っていたのかもしれない。ともかく、その時俺は、やっと鬱陶しい奴等から解放されたと思ったもんだ。もっとも、次の日にその考えが間違いだったと思い知らされたがね。朝から弥生が一人で俺を説得に来やがったんだ。それからしばらくは毎日が地獄だったぞ〜〜」
喉元過ぎれば、暑さ忘れる。振り返れば良き思い出。輪墨は地獄と言うが、楽しそうに話す態度からは、まったく想像できない。手にもったスプーンをクルクルと回す。どうやら紅茶のおかわりが欲しいようだ。対面に座るローズが紅茶をカップに注ぐ。
「陸軍上層部から発行されたという、特別許可証とやらをチラつかせながら、堂々と学校内をつきまとわれるし、学校の連中からは敵意のこもった眼差しが絶えまなく襲ってくる。まぁ、ただでさえ女人禁制であるはずの名誉ある学び舎に、毎日、毎日、見目麗しい少女が一人の男をおっかけながら徘徊するんだ、嫉妬しない方が嘘だろう。しかし、生徒だけでなく、教える立場の教官達まで嫉妬の目付きになったのには参ったな。中でも陰険な嫌がらせをする教官が一人いてな、とうとう俺も堪忍袋の尾が切れて、そいつを半殺しする事件をおこしちまった。開校始まって以来の大惨事ってんで、流石に銃殺刑かと覚悟したんだが、原因が教官の下衆な嫉妬であったのと、真宮寺大佐や士官学校の校長の口添えで1週間の謹慎処分で済んだ。まったくもって特別扱い、依怙贔屓。事件が事件だけに、それ以来嫌がらせはなくなったが、敵意の隠った視線はより強くなったよ」
神凪はもし自分が輪墨の境遇だったら、と頭に浮かべようとしてやめた。とても耐えられる状況だとは思えなかったからである。命の危険さえあったのではないのか?と想像してしまう。
「とにかく、それまでは、他人が自分にどんな視線を向けようが気にせずにいられたんだが、その陰湿な雰囲気が日毎に酷くなってくると、いい加減に疲れてきてなぁ・・」
「その・・弥生さんは毎日、輪墨さんの後をついて回っていただけなんですか?」
「・・・・それに近い。流石に訓練中や授業中は何処かで休んでいるのか、外に出ているのか姿は見せなかったが、少しでも俺個人の時間ができると何処からともかく現れ、笑顔を浮かべながら後ろをついてきてた。いや、途中からは俺の腕をひっぱって、色々と連れまわす始末だ。時には弁当すら持参してくる事があったか」
「それって、まっるっきりデートじゃねーか。よく、上が許したよなぁ」
「言っただろ、陸海の両大臣を巻き込んでいたと。さらに米田中将や真宮寺大佐、その他陸海の偉い方の御墨付きがあったんだ。誰はばかる事なし。だ。もちろん心の中は憤怒の炎で満たされていただろうが」
「それほどまでして引き込もうとするとは・・・・・輪墨さん。あなたはいったい何者なんです?」
周防の言葉に皆の視線が輪墨に注がれた。
確かに普通で考えれば妙な話だ。どんなに優秀な人材であろうとも、そこまでするとは考えられない。何か秘密があるに違いないと誰もが思った。
「さあな。俺が陰陽の術を使う血筋であるとだけは言えるが、他に何の理由があるのやら。ただ、俺が言える事は一つだけ。俺の移籍を強く望んだのは米田中将と真宮寺大佐だ。特に真宮寺大佐はかなり強く意見したと聞いているが。ま、そこんところの理由を詳しく知りたかったら、米田中将にでも聞いてみるんだな」
そう言いながら輪墨の視線は吉野の目を掠める。吉野はその一瞬の間に輪墨の目の奥に闇と光が交錯しているような気がした。
「!」吉野の脳裏に閃光が走る。
(今の目・・・・昔、どこかで見た事がるような気がする。ずっと昔に・・・・)
「まぁ、そんなこんなで、ある日、話だけなら真面目に聞いても良いって返事をしたんだ。そうしたら、次の日から突然こなくなっちまった。回りの連中の目は『良い気味だ』と語ってたなぁ。で、俺自身はどうだったかというと『来ないならそれで良い、これで平穏に過ごせる』・・・・とは思えなかったんだ、これが・・・・」
「なるほど・・・心の底では、弥生さんが来るのを楽しんでた・・・と?」
「まさにそのとうり。知らない間に毎日、弥生が来るのを心待ちにしている自分がいた事に、ようやく気がついたんだ。心の中で誰かを待つって気持ちは、今までに無かったもんだから、気がつかなかったんだろうな」
周防の質問に、輪墨は苦笑を交えて言った。
「でも、返事したとたんに来なくなるなんて変ですね。何かあったんじゃないんですか?」
「良い所に気がついたな吉野ちゃん。俺も『弥生の身に何かおこったんじゃないか』って考えた。そう考え始めたら、悪い想像ばかりしてなぁ、とうとう耐えきれなくになり、校長に許可を貰い海軍省の真宮寺大佐に連絡してもらったんだ。そうしたら、酷い熱を出して寝込んでるって話だ。思わず住所を聞いた俺は、傍にいた校長にほとんど脅迫紛いに外出許可証を貰って飛び出してたよ・・・」
「へえ、男だねぇ。輪墨の旦那もなかなかやるじゃねぇか。女ってのはそうのに弱いもんだぜ」
「あら、センカさんには関係ない話ではなくて?なにせ女を捨ててらっしゃるんですもの。オホホホホ」
「なんだと!」
また二人がやりあう気配を見せた・・・瞬間、二人の顔の間に黒光りする物が割り込んできた。銘銃ピースメーカー。持ち主は周防。
「ケンカで話の腰を折るのは、終わりにしてくれないか。いい加減うんざりしてくる」
周防は、近付いてる二人の眼前で、ハンマーコックを引き・・脅迫した。
その場にいる全員が、凍り付く。まさか、こんな止め方をするとは思いもよらなかったのである。周防が本気で撃つつもりなのかは分からないが、少なくとも、二人は試してみようとは思わなかった。
「い、嫌ですわね周防。冗談ですわ冗談。おほほほほほ」
「そ、そうだぜ周防。あたい達が本気でやりあうわけないじゃないか」
「・・・・もうするな。少なくとも、この話が終わるまでは・・・」
何事もなかったように、ハンマーを戻し、懐にしまう。
「輪墨さん、どうぞ先を続けて下さい」
「う、うむ」
さすがの輪墨も周防の行動には驚きを隠せなかった。(俺でもそんな止め方はせんぞ・・・・周防、ただならない男・・・気をつけておかないといけないな)
「とにかく、急いで学校を出た俺だが、一つだけミスをおかしたのに気が着いた。飛び出したのは夕刻前だったんだ。ついた時は日が完全に落ちてしまってて、悩んだねぇ。こんな時間に連絡も入れずにいきなり押し掛けて拒絶されないだろうかって・・・・。そうやって、玄関先で迷ってたら、中からハナタレ小僧が出てきたんだな」
そう言って輪墨は神凪へと目をやる。つられるようにして、皆も神凪へと目を向けた。
「ハナタレ小僧は酷いですよ。あの時は先輩の方こそ、真っ青な顔してましたよ」
「そうだったか?」
「そうですよ。最初、変質者かと思ったくらいです」
「ちょい待ち、ちゅう事はそれが神凪はんらの最初の出合いかいな?」
「そういうことだ。あまり、良い出合いじゃぁねえなぁ」
輪墨は肩を軽くすくませた。
「とにかく、出てきた近衛に、弥生がいるのを確認してから、会わせてくれるように頼みこんだんだ」
「あの時は迷いましたよ。家には自分と姉しかいませんでしたから、知らない人間を入れていいものかと・・・・」
「少尉の御両親は御在宅でなかったのですか?」
「・・・親はいないんだ。二人とも俺が小さい頃に事故でね・・・」
「!・・・・すみません少尉」
「誤ることはないよローズ。俺が物心つく前で、顔も写真でしか知らないから、感慨はあまりないんだよ」
「お兄ちゃん・・・パパもママもいないの?」
「あ、ああ」
「さみしくない?」
「ああ、寂しくなんてないさ。今はシーリスやフローナ、そしてみんながいるからね」
「あたしももおにいいちゃんと一緒で寂しくないよ」
「・・・フローナも」
シーリスとフローナは吉野にしがみつきながら、恥ずかしそうに笑った。
「まったく、こんな可愛い家族ができやがって、うらやましい奴だ」
「先輩が帝激の隊長になっていれば、この席は先輩のものだったんですよ」
「うーむ、良し、今から変わるか!」
「嫌です。俺は今の帝都を守るという仕事に誇りをもってます。たとえ先輩でも譲れません」
「・・・ケチ」
吉野達がクスクス笑う。
「まぁいい、話を戻そう。・・・近衛に自分の身分と弥生との関係を説明して、なんとか弥生に会わせてもらう事ができた。・・・・・でも、実際に寝ている弥生を目にしたら、なんて声かけて良いか分からなくなってしまってなぁ・・・・・ただ一言だけ言ったんだ『大丈夫か弥生』って。そうしたら弥生は目を明けて驚いた顔になって・・・・泣きだしたよ。来てくれて嬉しいって」
輪墨は複雑な表情を浮かべ、天井から下がるシャンデリアを見つめた。
「生まれて初めてだった、嬉しいなんて言われたのはな。でも、なんて返事すりゃぁ良かったのか分からなかった。、情けない話だがな。そこで、思わず何故俺を江田島に誘い、来たのが弥生なのかって疑問を口にしちまった。まったく気のきかない馬鹿だったよ。そんな質問は、見舞いを喜んでくれている相手に聞く事ではないってのに。だが、人との付き合いがまったく分からなかった俺には、それしか話せる話題が無かったんだ。でも、弥生の奴は優しかったよ。そんな俺の心情を察してくれたのか、優しい口調で俺に語ってくれた。弥生が所属する陸軍対降魔駆逐部隊について・・・・・」
陸軍対降魔部隊という単語に、神凪は驚きの事をあげた。
「姉さんが対降魔駆逐部隊に!本当なんですか!」
「やはり、そこまでは知らなかったか・・・・」
「軍関係の仕事とは聞いていたのですが・・・・まさか、対降魔駆逐部隊にいたなんて」
『陸軍対降魔駆逐部隊・・・修という人の口から出た言葉・・・米田指令は何を隠しているんだ。もしかして『彼』というのは先輩の事なのか?・・・・』
「陸軍秘密部隊は機密事項だ。身内にも話すわけにはいかないからな。まぁ、その件については米田のおやじにでも聞いてくれ、その方が明確な説明が聞けるだろう」
「・・わかりました」
一瞬、思案顔になった神凪だったが、すぐに真面目な表情で返事をした。輪墨は軽く頷くと、視線を正面に戻し、再び語り始めた。
「弥生の説明はそうたいしたものでもなかった。長くなるんで詳しい内容ははぶかせてもらうが、簡単に言うと、俺の能力的なもの、術を使う家系などといったのが主だった理由だ。ありきたりといってもいいか。でも、俺はそんな理由よりも、弥生の最後の言葉に込められた思いに身震いしたよ。『きっと来てくれると信じていた』ってな。心の底から俺を信じてくれてたんだ。その言葉で俺は決心した。弥生のために生きて、弥生のために死のうってな・・・・。で、弥生の手を握って言っちまったんだなぁ・・・・『江田島に行く。おまえのために行く。俺の命をおまえにやる』ってな。馬鹿くさい台詞だが・・・・思えば、これがプロポーズの言葉だったんだなぁ」
「ぷ、ぷろぽおず〜〜〜?」
「え?じゃ、じゃあ、あの・・・・・・」
「式は早かった。1年立たずに一緒になちまったんだからなぁ。いやはや、それまで女に免疫がなかった反動だな」
センカや春蘭等の目が丸くなる。
「ほな、神凪はんと輪墨はんって・・・」
「義理の兄弟だ・・・・一応な」
皆、神凪に目をやる。
「なんで、そんな大事な事を言ってくれなかったんだよ、隊長」
「そうですよ。教えてくれなかったなんて酷いですよ神凪さん」
センカ達の非難の声に、神凪はチラリと彼女達の方に目を向けただけで、再び視線をそらし沈黙した。
「・・・・・・なるほど。そういう事か。確かに言い出しにくいな・・・・・・。こんな質問をしてすまなかった。神凪少尉、輪墨さん」
唐突に、周防は二人に頭を下げた。その顔には、悔やむような表情が浮かんでいる。自分のミスを悔やむような・・・。
「どういう事、周防?」
周防の突然の行動に、皆を代表してローズが問いただす。
「・・・過去形・・・だという事だ」
「!」
その周防の一言に、ローズと麗華の顔が強張る。正確に理解できたのはこの二人だけであった。
センカ達は、意味が分からず更に問いつめようと口を開きかけた。が、それに先んじて言葉を発したのは輪墨であった。
「流石は周防・・・・・お前の言う通りだよ。だがな、気にするな。いつかはバレる事だ。それが今だったってだけのことた」
輪墨は皆の顔を見渡した。そして、ゆっくりと唇を動かし始める。
「俺は弥生と所帯を持った・・・いや所帯っていうような大層なもんでもなかった。一緒にいる時間が多くなった感じか。でもな・・・・そんな暮らしも、長くは続かなかった」
一瞬言葉を切り、堪えるように最後の言葉を吐き出した。
「まったく・・・・美人薄命とはよく言ったものだな・・・」
その言葉で全てを理解した。春蘭の手から本が落ち、センカは氷りつき、吉野は愕然となる。ついさっきまで軽い口調で話していた自分の愚かさを悔やみ出す。
その中にあって、ローズと麗華だけが、極めて平静を装っていた。
「・・・・・無くなったのですか?」
「・・・・・・・・2年半前にな」
輪墨はテーブルに両ヒジを立て額の前で手を組んだまま、呟くように答えた。
「2年半前・・・・・輪墨さんが、少尉や米田支配人の前から消えた時期ですわね」
麗華は、勤めて平静に問いかける。真剣な口調である。
「そうだ・・・・2年半前に弥生が病で逝っちまった・・・・苦しんでいた、弥生は苦しんでいたんだ!」
突然、輪墨の口調が荒くなる。誰に言うためでなく、自分を責めるかのように激しくなっていく。
「苦しんでいたのに・・・俺は、俺は弥生の傍にいなかった・・・・軍の命令で遠く離れた場所にいたんだ!・・・・・弥生の・・・・自分の女房が苦しんでいる時に・・・・・・・傍にいてやれなかったんだ!・・・死に目すら看取ってやれなかったんだ・・・・・・・・」
吉野達は目を見開いた。普段、感情をあまり顔にださない周防も例外ではなかった。幼いシーリスとフローナ達には、言っている意味が漠然しか理解できなかった、それでもただならぬ雰囲気を察し、吉野にしっかとしがみつき、震えていた。
「あ、あの・・神凪さんに出合ったのは、そんなに前じゃないんですよね?それなのに、2年半前っていったら・・・・・」
吉野は、震える声で輪墨に訪ねる。半ば予想している事を・・・・。
「・・・・・ああ、結婚して・・・・・1年を迎える事は出来なかった・・・・・・」
このとき、何を言えばよいのか、何と口にすれば良いのか、答えを見つけられらた者はいなかった。
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