第八話『過去の遺産』



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「うぎょわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 雲の切れ間からのぞく月の光りに照らされた森に、静寂を破る悲鳴があがる。飛び散った血は、月光の下、赤く光る。夜が明ければ、一帯が大量の血で染めあげられているのに気付くだろう。人、一人の血の量ではない。十を軽くこえる命を代償に染めぬかれた木々。

「この程度の輩で我を倒せるなどと、くだらぬ幻想を抱いたものだ・・・・・音に聞こえし孔明といえど、所詮は愚かな人間か」

 巨大な影が闇の中にうごめき、低い声が周囲の木々をざわめかせる。その声は低く篭ったような声である。人のそれでない響きが、妖気とまじりあっている。いや、妖気などという表現は生温いかもしれない。

「こ、孔明様を愚か者よばわりするとは、ゆゆゆ、許さん!」
「ぐふふっ、どう許さぬと言うのだ。我に触れることさえ叶わぬではないか」
「だ・・・だまれ!だまれ!だまれぇぇぇ!」

 男は、自らの身体より流れ落ちる血に目もくれず、残った右手で鉾を構えた。鉾の形状、独特の構えは大陸のものであろうか。

「ぐっっふふふふ。ゴミの分際で我を倒すとは、吠えよるわ」
「だまれーーーーーーー!」

 巨大な影に向かって、男は森をもゆるがす一撃をくりだした。

「・・・・・そよ風か?。つまらん・・・・死ね」

 鉾先が影を貫かんとした瞬間、闇が発した漆黒の妖気が、鉾もろとも男の身体を四散させた。男は、名を語る事なく、永遠に時を止める。

「フウウウウウッ、まったく話にならん。・・・・・蝦千瞑(かせんめい)よ・・・・貴様の配下は、この程度の輩にも手をこまねいているというか」

 影が大きな口を開き、誰となしに尋ねた。すると、影の背後に控えるかの如く膝をつき畏まった者が姿を現わす。

「このような者なぞ、雑魚にすぎません。恐るべきは、孔明とその配下『王魁峰』の者共。そして・・・・王魁峰すらもことごとく駆逐せし・・・帝國華撃團」
「帝國華撃團か・・・・。大和や武蔵、月読を退けた程度で喜んでいる連中ではないか。しかも、今の華撃團は、彼奴らの血を受け継いだ雛だという。そのような未熟な雛供など、貴様一人で十分であろうに」
「そうとも限りません。わたくしめは・・・・神銘器の力を打ち破る術をもっておりません」
「なに・・・帝國華撃團が神銘の祭器を手にしたというか?」
「いえ、祭器はまだ手にいれていない様子。しかし神銘の祭器にせまる程、強大な力を有している人間がいるのです」
「・・・・・ほう」
「名は真宮寺吉野・・・・破邪の力を持つ、真宮寺の血族」
「なるほど・・・破邪顕正(はじゃけんしょう)は剣征(けんせい)へ成り真宮寺へと下る・・・・・・破神の力は神銘の力に匹敵するか・・・。ふふふ、少しは楽しめそうだ。ぐふっ・・・ぐわっははははははは・・・・」

 巨大な影は全身を震わせた。その笑い声は深い森の奥へと消えていく。
 後に残ったのは、累々連なる屍と、生気を失った木々。まさに死に満たされた世界であった。


    



 長期公演の終った大帝國劇場は束の間の静寂を取り戻す。廊下やホールには人の影はなく、ひっそりとした雰囲気が劇場内を支配していた。従業員の殆どは自宅に戻り骨を休めている事だろう。虹組など、他のメンバーは特別任務でしばらく劇場を離れているため、残っているのは珍しくも花組のメンバーと米田、あざみだけであった。その様な時に彼が来たのは必然だったのかもしれない。

「もう、そのくらいで勘弁してくださいよ先輩」

 苦い声を出し、目の前に座る人物に懇願したのは神凪近衛。帝國歌劇團のモギリである。サロンには花組一同と一人の来訪者がいた。

「ええ〜〜、面白いじゃねーかよ。あたいはもっと聞きたいぜ」
「そうですわ。少尉は士官学校時代の事はあまり話してくれませんもの。せっかく輪墨さんがいらしてくれたのですから、じっくりとお話しを伺いたいですわ」
「シーリスも、もっとお話し聞きたいよ〜〜」
「・・・・フローナも」
「そら、ウチも聞きたいなぁ」

 皆の意見を耳にした来訪者輪墨は、チラリと神凪に目をやった。今にも泣きそうな表情である。海軍少尉にしては情けないと言わずにおれないが、逆に言えばそれほど輪墨の話は神凪の古傷をグリグリとエグル内容なのであった。

「ふむ・・・・・話す事は沢山あるが、これ以上近衛をイヂメルのはかわいそうだ。続きはまたの機会にしておこうか」

 各々が神凪の過去を知りたがるが、輪墨はその話を一旦打ち切りする事にした。楽しみは少しづつ出していこうというのが理由のようだ。輪墨真。江田島海軍兵学校での神凪少尉の先輩にあたり、また元帝國華撃團花組隊長候補でもあった人物だ。現在は写真家を生業としており、自由きままな生活を送っていた。そのためか、ヒマがあると帝劇へと足を運んでは神凪の恥ずかしい過去を花組の面々に披露しているのだ。はっきり言って良い性格とは言えない、少々陰険な性格だと言えるかもしれない。

「・・・・輪墨さん。一つお聞きしてもよろしいですか?」
「ん?なんだ周防」

 わいわいと陽気な会話が続けられる中、ふいに周防が口を開いた。

「・・・・あなたは、神凪少尉と同じく江田島海軍兵学校出身のはず。しかし、先のネルソン提督との戦いの後、あなたは提督に対し自分の身分を『陸軍大尉』と言いました。ネルソン提督は、聞き流したのか、あるいは本当は理由を知っていたのかわかりませんが、『海軍をやめたと聞いた』と返答しましたが・・・・・。何故陸軍なのですか?」

 周防の言葉に、皆が一斉に静まった。それは、皆密かに疑問に思っていた事だったからである。ただ、あの時は状況が状況であったために、ついつい聞きそびれていたのである。

「ああ、その事か・・・・・・・」

 ふいの質問に、輪墨はおとがいに手を添え少し考える仕種をし、神凪の方に顔を向けた。その表情はやや固くおどけた雰囲気が消えていた。

「近衛は知ってるのか?俺が陸軍にいた理由を」
「え?・・・あ、はい。以前、聞いた事があります・・・・」
「・・・そうか・・・・」

 神凪の声はどことなく遠慮がちに感じられた。輪墨の声もどことなく沈んでいる。周防は『聞くべきではなかったか?』と自問した。その場に異質な空気が漂った。(な、なんですの、この雰囲気は・・・・)(おいおいおい、なんで黙るんだよ。明るくいきゃーいいのによぉ・・・とは言っても、なんか色々と理由がありそうな二人だからなぁ)れいかとセンカはどうしたものかと言葉を探し、フローナ達は押し黙り、周防の袖をグイっとひっぱった。奇妙な雰囲気に不安になっているのだろうか・・・。唯一、春蘭だけが、澄まし顔で手に持った小さな本に目を落している。『君子危うきに近寄らず』であろうか。

 ガチャリッ

 その時、ドアのノブが鳴り、暗い雰囲気を崩すように二人の女性が入ってきた。一人は金髪のショートボブに青い目をした女性。落ち着き鋭い眼差しが、大人びた雰囲気をかもしだしている。
 もう一人は、長い黒髪を赤いリボンでまとめている。

「お待たせしました〜〜」

 ワゴンを押しながら、吉野は笑顔を浮かべ部屋に入ってきた。

「遅くなってごめんなさい。材料が足りなかったので買いだしにいってたら遅くなってしまって」

 ドアを抑えているローズは、少しすまなそうに言った。

「お、やっと来たか!まってだぜ。おっほぉ〜旨そうなケーキだなぁ。吉野の腕もずいぶんと上がったんじゃねーか?」

 センカは、雰囲気を取り戻すチャンスとみてとったのか、大げさなポーズをとりながら言った。

「はい。みっちり練習しましたから」
「やっとできましたのね。・・・ふーん、吉野さんにしては悪くない出来ですわね」

 れいかの言葉に吉野の目が半月になる。

「れいかさん。わたしにしたらってどういう意味ですか!」
「あら、言葉どうりの意味ですわ」
 
 吉野と一緒に入ってきたローズは、剣呑になる二人を無視し、運んできたティーセットを並べ始めた。が、すぐに異質な雰囲気に気づき手を止めた。

「周防・・・・・・何があったの?」

 その言葉にセンカは硬直し、吉野と口論を始めそうになっていたれいかは眉を潜め目をそらした。周防はどう言ってよいかと考えあぐねた表情をし、神凪は視線を部屋のすみへと向けていた。

「え?、どうかしましたか、ローズさん」
「気がつかない、吉野。皆いつもの雰囲気ではないわよ」
「・・・そう言われてみれば」

 吉野はあらためて周囲を見回した。確かに空気がおかしい。

「何かあったですか、輪墨さん」

 吉野は、声をかける相手に輪墨を選んだ。理由は簡単だ。『この中で、一番なんでも言える人』だからである。彼がお茶を濁すようなら、他の誰に聞いても話してはくれないだろう。

「ん、ああ・・・・ちょっと周防に質問されただけだ。大した事じゃないよ」

 輪墨は、作り笑いで吉野に応えた。が、その言葉に顔をしかめた人間がいた。センカだ。

「何が大した事じゃない、だよ。大した事ない質問で隊長達が黙り込んじまうかぁ?」
「センカはんの言う通りやで輪墨はん。神凪はんがそないな顔すんの初めて見たわ。ただ事やないと思うんやけど?」

 センカの尻馬に乗って、春蘭が目線を上げずに後に続いた。

「まぁ、そうかもしれんが・・・・・・おい近衛、おまえもいつまでも・・・・」

 輪墨が神凪に声をかけるが、言葉が途切れる。

「いったい、周防がどんな質問をしたのですか?まさか失礼な質問でも・・・」
「・・・・・いや、そういうんじゃないだが・・・。質問の内容そのものは疑問に思って当然の事であり、おまえらにも聞く権利はある。江田島海軍兵学校出の俺が、なぜ陸軍にいたのか、って質問だからな」

 紅茶に手を伸ばしながら輪墨は言った。

「ああ、それなら、わたしも近いうちに聞こうと思っていました」
「ネルソン提督の言葉・・・ですね」

 ローズは周防の横に、吉野は輪墨の隣にそれぞれ腰掛けた。吉野はどことなく不安気な表情だ。が、それとは別に、頭の片隅では少し面白く無くも思っていた。神凪の隣がれいかと春蘭に占領されていたからである。敵はその場を撤退する気配は見せずに、死守防衛の様相を呈しているようにさえ見えた・・・・・かどうか分からないが、面白く無い事には違いない。 ただ、雰囲気が雰囲気なだけに、その小さな不満を表に出すのは憚られた。


「俺が陸軍にいたのは、そうおかしい話じゃぁない。・・・・初めは江田島でなく中央にいたんだからな」
「中央?・・・そうか中央の陸軍士官学校か。神凪少尉は知ってたのか?」
「・・・・先輩は途中、中央から江田島海軍兵学校に移籍したんだ。異例中の異例ととしてね。当時は前代未聞の大珍事として一部じゃ有名だよ。もっとも、軍内部においては忌むべき行為だとして、公式記録には残ってないけど。世間でも犬猿の中で有名な海軍と陸軍としては事実無根としたかったんだろうな」
「少尉、公式記録に残らないとなれば軍事機密に近いのではないのですか?、それを、私達に簡単に話してもいいのですか?」

 ローズは、少し刺を含んだ口調で問い正したが、応えたのは神凪でなく輪墨であった。

「帝都を守る帝國華激團。その連中に過去の軍事機密なんて大したことでは無い思うんだがなぁ。なにしろ、おまえら自身、最重要國家機密の連中なんだからな。それに、これは士官学校では出所不明の伝説として必ず耳に入るそうだ。そういうわけで別に機密でもなんでもない。ただ軍上層部の馬鹿供・・・じゃなく、偉い方々が『恥』だと思い込んでるだけだ」

 輪墨の口調からして、問題ない話のようだ。納得したのか、ローズは一度視線を神凪に移したのち、再び輪墨へと戻した。

「・・・・・なるほど、少し背景が見えてきたな」

 不意に、シーリスの頭をなでていた周防が、目を下げたまま呟やいた。

「どういう事ですの?」
「・・・・・対降魔士官養成科、第108斑設立と関係があるという事だ。違いますか?輪墨さん」

 輪墨は手作りのケーキに手をつけながら頷いた。今日のケーキはローズと吉野の手作りである。日本の菓子にはかなり精通している吉野であるが、ケーキなどの洋風菓子はあまり得意ではなかった。そこで、少しフランス料理もかじった事があるというローズに教えてもらいながら、ちょくちょく皆に試食をかねてご馳走している。今日のショートケーキは改心の作といった感じだろうか。余談ではあるが、ケーキは神凪の好物の一つであるという。話を元に戻そう。

「ご明察。流石は周防だな・・・・・人並み以上に頭が回る。そうだ、俺は海軍江田島兵学校、対降魔士官養成科の初代108斑班長となるため、陸軍士官学校から引き抜かれて江田島に入ったんだ。帝都防衛に関しては、全てにおいて最優先されるため、士官候補生一人の移籍程度は些細な事だった。ただ、威信や権力などが絡むため、決定には難色をしめしたらしい。陸海の大臣方まで巻き込んでの移籍決定という話もある。あくまで噂だがな」
「ふーん。でもよぉ陸軍士官学校からの転入だろ?、元から海軍の学校にいた連中から白い目で見られたりしたんじゃねーのか?」
「そうですわ。士官学校の人間だからといって、皆が少尉のような紳士とは限りませんもの。心ない人もいたのではありませんこと?」

 れいか達の疑問に輪墨は唇の端を微かに上げて答えた。

「確かに二人の言うようや連中は少なからずいたさ。だが、俺はそういった心の狭い連中が嫌いでね、ずいぶんと可愛がってやったもんさ。・・・・・確認したわけではないが、今でも病院のベットで寝ている奴が二、三人いるんじゃないかな。ああ、病院といっても発狂した人間などが世話になったりする場所の方だ」

 センカ達の頬に冷や汗が流れ落ちる。

「ま、まぁ、それはともかくとしてや、何故陸軍に入ったんや?そのまま海軍か、あるいは帝撃に来るんが順当や思うんやけど」
 
 春蘭が問う。
 
「元帝劇花組隊長候補というのも気になる」
「帝劇に赴かなかったのは、まだ二代目の花組構想が浮上してきたばかりで、隊員の選択もままならなかったというのが理由の一つだ。創立当時は比較的魔の力が弱く、花組を急遽必要とはしていなかったんだな。今は解体されたが、その頃は花組を小規模支部化したような空組ってのが、存在してたってのも理由になるか」  紅茶をすすり一息つき、更に続ける。 「その他の理由として、第108斑のさらなる強化を模索した、軍内部での訓練ってのがあるな。『霊力の無い人間でも、小さい魔になら対抗できる術があるはずだ』って言うわけで、軍内部に小規模な対魔部隊を作ろと考えたんだな。それと、初代帝激と海軍の間は、亡き米田一基大将と花小路伯爵及び海軍大臣との関係でもっていたようなものだ。軍が肥大複雑化するにつれて、そういった関係だけでは、海軍関連での陸上演習が難しくなっていったというのも一つの理由だ。他にも軍内部の確執など色々あるが、こっから先は特一級の機密事項も絡んでるため、お前等にも話せるのはこんなところかな」

 輪墨の説明に、皆は一応の納得をしたようである。

「以上が俺が陸軍と海軍の二つにまたがっていた理由・・・・・・質問は終わりか?」
「陸海を二つにまたがっていた理由は納得できました。あとは・・・花組隊員として、志気に関わりなねない疑問を提示します・・・・・・神凪少尉と輪墨陸軍大尉、私達に何か隠し事をしていませんか?今の内容からは、お二人が沈黙した理由が分かりかねます。他にお二人の過去に関わる事があるように思えるのですが」
「周防てめえ!なんて質問をしやがるんだ!そんなのどうでも良いじゃねーか!」
「な、なんて事をおっしゃいますの!信じられませんわ!」

 周防の言葉にセンカ達が過剰に反応した。ローズは周防の思い掛けない質問に目を見張る。吉野はどうして良いかわからず、周防の傍から退避してきたシーリスとフローナを保護しながら、不安毛に神凪の方に目をむけた。比較的すまし顔だった春蘭でさえ、周防の質問に驚きの表情を示す。

「・・・・・話して頂けませんか?」

 れいか達の言葉を無視するかのように、輪墨の顔をじっと見続けた。

「いいかげんになさい周防!人には言える事と言えない事があるのよ。心の傷に触れるような質問は・・」

 周防を諌めていたローズを遮ったのは神凪の手であった。

「いやローズ。おそらく周防は間違ってはいない・・・・そうですよね?」

 神凪は、輪墨に目を向けて言った。

「そうだな・・・・・・・おまえが隊長である以上、隊員にあまり隠し事は持たない方がいい。・・・・・それが隊員の士気に関わるような事であればなおさらだ・・・・」
「べつに・・・・隊長が体験した過去の出来事が士気にかかわるような事とは・・・・・」
「気にならんとは言えないだろ?言える事は言っちまった方がいいんだ。それが、思い出したくない出来事であったとしても・・・だ。分かった話そう。おまえらも突っ立ってないで座ったらどうだ?」

 センカ達は、まだ何か言いたそうな顔をしているが、しぶしぶ椅子に腰を降ろした。

「俺はあまり回りくどい事は嫌いでな。・・・・・単刀直入に話そうと思う」

 輪墨は、紅茶を一口飲み、一息ついてから顔を上げた。

「近衛の姉を知ってるか?」
「隊長に姉キ?聞いた事ねーぞ」
「わたしも聞いた事ないです。・・今、初めて知りました」

 吉野達は一斉に神凪の方に目をやるが、神凪はじっと輪墨を見つめ何も答えようとはしなかった。



つづく