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 サロンでは神凪達が昼の休憩をとってた。昼食もすんで食後のティータイムといったところであろうか。

「色々とあったけど、特別記念公演も何とか成功に終わって良かったよな」
「わたくしが出演しているんですもの、当然ですわ。ただ、白雪姫役が吉野さんだったのが少々気にいりませんでしたけど」
「あ、あれは、れいかさんがわたしの役を決めたんじゃないですか。演りたいのなら始めから演ると言ってくださいよ」
「そうやで、あの配役はれいかはんが先に言い出したんやで。吉野はんはなーんも悪い事あらへんやんか。なあ神凪はん?」

 所々に棘の見える乙女達の会話を、冷や汗をかきながら聞いていた神凪は、突然ふられた問いに戸惑ってしまう。

「さ、さあ、どうなんだろうね。あのとき俺は米田中将に上官命令で、無理矢理王子役に決められ混乱してたからね、前後の事はよく覚えてないんだ」

 セコイ逃げ口上である。

「ああ、少尉が王子役を演じると聞いていれば、真っ先に白雪姫役をかって出ましたのに………それをあの支配人が!」
「へへん、支配人はおめーの魂胆が分かってたから先に白雪姫を決めたんじゃねーのか?」
「それはありえるやろな。なにしろあの米田支配人は、ものごっつう人の心を見透かすのが得意みたいやからな。噂によると初代帝劇の支配人よりも人を使うのが上手いらしいで」
「ふん!人の心を読むなんて関心できませんわ」
「人の心を読む………ね。そういや俺の先輩も人の考えを読むが得意だったよなー」

 神凪はティーカップに入っている紅茶を揺らしながら、さも懐かしそうに呟いた。今日の紅茶はダージリンだ。神凪は基本的に砂糖はいれずに飲む。他の女性は………太ってもしらんぞ。

「ねえ神凪さん?。神凪さんと話している時、よくその先輩って言葉が出てきますけど、いったいどういった方なんですか?」
「せや、神凪はんの言う先輩の話、うちも興味あるで」
「あたいもだぜ。なんせ隊長が先輩って口走るときはよ、本当に嬉しそうな顔するからな」
「ええ、今まではお話を伺おうとすると出撃や稽古で、くわしく伺う事ができませんでしたもの。今日こそ、その話を伺いたいですわ」

 神凪のなにげない呟きで、白雪姫や米田の話題がすっかりと場から消えてしまった。やはり彼女達も好奇心旺盛な乙女であるとう事か。

「先輩の話かー。うーん、勝手にあの人の話をするのはなー」
「なに言ってんだよ。今はいない人間なんだからいいじゃねえか」
「そうやで、昔の事なんやろ?話したってどうって事ないやんか。っな?」
「いや、そうはいかないよ。先輩にとって知られたくない事もあるだろうし、それに……」
「それに、なんですか?神凪さん」

 何故か神凪から一番遠くに座っている吉野が尋ねる。あの一件依頼、吉野が神凪にプライベートで近づいていく事はほとんどなかった。その事を、張本人である神凪は気が付いていない・・・・・・。

「俺の口からは絶対話してはいけない事もあるからね」
「なにか曰くありげな言い方ですわね」
「絶対話してはいけない事か……」
「ふーん。そんな秘密もあるんやねー。ほな、話してもええ事だけ教えてんか?些細な事でもええんや。せやな、まわりの目からみた印象とかやったら大丈夫やろ?」
「ああ、その程度なら話せるな。ま、名前は少し秘密にさせてもらうけどね」

 神凪は少し自嘲ぎみに言った。

「名前が秘密なんてそんなにやばい先輩なのかい?」
「やばいとかじゃないんだけど………さて、何から話そうか」

 と、その時、突然緊急招集の鐘がなった。

「な、なんだよ。これからって時に出撃か?」
「今回も聞き逃してしまいましたわ!」
「残念ですね」
「まったくや!こりゃ誰かの陰謀とちゃうか?うちらに知られんようにする・・・・・」

 どきっ!。春蘭、鋭いぞおまえ!

「そんな話は後だ!とにかく司令室へ急ぐぞ!」
「了解!」

 神凪の命令に四人の少女は勢いよく返事をした。

    


 この当時の帝國華撃團本部司令室は地下六十米の処に設けられていた。
 三笠の格納庫であった場所は、地下拡張計画によりその大部分が、すでに埋め立てられている。
 埋め立て時に、地脈を新しく導き結界を張り作られたのがこの地下帝國華撃團司令本部である。
 この地脈を結界とした司令室にはどのような魔をも寄せ付けることがない。
 過去の苦い経験から帝國華撃團本部の防衛を高めた結果である。
 ただ、地下深くに司令室を設けたため、地上から行くには二回シューターを下りなければならなかった。
 まずは戦闘服秒間着替え支援シューター。通称『ダストシュート』。次に魔の進入を防ぐため霊子光が照射されるシューター。通称『清めの回廊』である。

「神凪近衛以下『花組』。全員集合いたしました!」
「うむ、ごくろう。さっそくだがこれを見てくれ」

 全員が集るなり、前置きもなしに話を進めるのは米田の性分である。

「これは横浜港の映像ですね?米田司令」

 神凪は映像を見るなり、米田に尋ねる。

「ああ、そうだ。神凪の言うとおり、ここは横浜港だ」

 米田はやや真剣な面持ちで、彼女達の方を向いた。

「この映像がどうかしたのか?あたいにゃ別にどうって事ない普通の映像に見えるけどよ」
「わたくしにもそう見えますわ」
「うーん、うちもや」

 センカ達はそう口ぐちに言いながら首をかしげた。

「ふむ、神凪、吉野。おめぇらはどうなんだ」
「自分にもこれといっておかしな所は見受けられません。ただ、妙な違和感を感じます」
「わたしもです。何処がという事ではないのですけど・・・何か落ち着きません」

(神凪はともかく、吉野がすぐ違和感に気づくとはな・・・。これも血の力か)

 そんな事を頭に浮かべつつ、米田は口を開いた。

「神凪、吉野。おめぇら二人が感じたものが正解だ」
「ちょっとまった。この映像の何処がおかしいってんだよ?」
「せや、何処も異常はないやんか」

 反論する彼女達に、米田は口の端に笑みを浮かべながら操作パネルのスイッチを押した。すると、映像に変調がかけられ巧妙に配置された物体が浮かび上がってきた。

「これでもおかしな所は無いと言うんだな?」
「こ、これは」
「まさか!」
「あちゃー、うちとした事がこんな物を見落としてたやなんて・・・」
「なんですかこれは?」
「・・・・・・魔法陣」

 神凪は驚き呟いた。光減処理された画面には微かな光を放ちながら幾つもの軌跡を描く魔法陣が浮かび上がっていたのだ。

「まほう・・・じん?」

 吉野が神凪の言葉を反芻する。

「そうだ。この青く光る軌跡は、人為的に配置された霊的物質が作り出す魔法陣だ」

 米田は画面を元に戻す。青い光は見えなくなるが、隊員達には魔法陣の形がはっきりと感じられた。

「つい先程、夢組から、横浜のある決まった場所を通過する時に妙な違和感を感じると報告があった。それがこの魔法陣だ」
「いったい誰が何の目的でこんな物を・・・」
「わからん。が、ロクな目的でない事は間違いないだろう」
「それで、自分達は何をすれば良いのですか?」
「うむ、実は今日花組最後の仲間がこの横浜に到着することになっているだ」
「最後の仲間!」

 みんなが一斉に声をあげる。

「そうだ。迎えを夢組の連中に頼んでいたんだが・・・この魔法陣発見の報だ」
「なるほど、それでうちらの出番ちゅうわけやな?」

 春蘭は嬉しそうな笑みを浮かべる。

「魔法陣を破壊するには神武改なしでは危険だからな」
「夢組の変わりにあたいらが仲間を迎えにいって、そのついでにその魔法陣ってものをぶっ壊してくるわけか」
「センカ。簡単に言うけど魔法陣を壊すというのは慎重を要する作業なのよ」

 いままで黙って聞いていたあざみが真剣な表情で諭した。

「魔法陣というのは、一種の結界でもあるんだ。そこに集められた力は決して軽んじて見るわけにはいかないよセンカ」
「わ、わかった」

 センカはあざみと神凪の言葉に、冷や汗をかきながら返事をした。

「米田司令、魔法陣を破壊するにしても、まず綿密に調べてからでないと危険です。人選はどうするのですか?」
「うむ、神凪。おめぇの言う通りだ。調査に直接神武改を使うのは効率が悪い。かといって全員で調べている間に敵が現れた場合、新轟雷号まですぐに戻れるとはかぎらねぇ」
「ここは二手に別れるのが得策だと思います米田司令。新轟雷号に待機する者と、地上に出て調査及び最後の仲間と合流する者の二組です」

 あざみは米田に向かってそう進言する。

「それが最良の選択だな・・・。よし、神凪と春蘭、センカは魔法陣の調査及び仲間との合流に向へ。吉野、れいかは新轟雷号で待機だ」
「な、わたくしが待機ですって!」

 米田の命令にれいかが声をあげる

「納得できませんわ!吉野さんはともかく何故私が待機ですの!」

 カチンッ!

「れいかさん!わたしはともかくって、それどういう意味ですか!」
「あら、言葉どうりの意味ですわ」

 吉野とれいかの間に火花が走る。

「二人とも落ち着くんだ。俺は米田司令の判断が間違っているとは思わない」
「少尉まで!・・・」
「か、神凪さん・・・」
「いいかい?まず春蘭が調査に参加するのは当然だ。魔法陣を詳しく調査できる者といえば彼女以外には考えられないからね」
「その通りやね」

 神凪の声に春蘭は満面の笑みを浮かべる。

「俺とセンカ君が選ばれたのは、もし敵が現れても生身のまましばらくの間敵と戦えるからだ。吉野くんやれいかくんの隠刀や簡易薙刀では心もとない。春蘭の援護も必要になるからね」

 二人は、はっとした目で春蘭をみやる。確かに生身のままの春蘭が魔物達と対等に戦うには不利だ。秘密兵器があるにせよ持てる量には限りがある。

「そやねぇ、生身やとちょっと自信無いわ。もともと後方支援がうちの役目やさかいね。接近戦なんてもってのほかや」
「だからといって今の世の中、地上で堂々と刀や薙刀を携帯をするわけにはいかないだろ?」
「そ、そうですわね。納得がいきましたわ」
「そうですね。式紙の小鬼ならともかく、魔獣が現れた場合、懐刀ではまともに相手に戦えません。米田司令のおっしゃるとおりですね」

 二人の返事に神凪は軽く微笑んだ。

「しかし、わしの考えをそこまで読めるとは、さすがだな神凪」
「いえ。大した事じゃありませんよ、米田司令」
「そんな事ないぜ隊長。さっきの魔法陣の事といい。尊敬するぜ」
「うちもや」

 みんなの誉め言葉に少し気恥ずかしくなる神凪であった。

「まぁ、神凪を誉めるのはその辺にしておいてだ。早速横浜に行ってくれ」
「了解!」

 神凪達は、神武改のあるハンガーへ向かった。

「噂には聞いていましたが、こう目の前で何度も見せられるとやはり驚いてしまいますわ」
「神凪の洞察力か?」
「はい」
「・・・神凪には優秀な教師がいたからな。神凪が目標としている男が・・・」
「・・・彼ですか?」
「・・・ああ、そうだ。海軍最強の男と言わしめたあの男だ」
「・・・・・・」
「ではあざみくん。花組を頼むぞ」
「分かりました!」

 あざみは一礼し、新轟雷号に続くシューターの中に姿を消した。

「面倒な事にならなければいいがな・・・」

 一人残された米田は椅子に深く腰を沈め、そう呟いた。




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