集結!帝國華撃團「花組」





 横浜港にその二つの船がついたのは、ほぼ同じ時刻であった。
 一つは大きな豪華客船であり、もう一つは古ぼけた貨物船である。
 
「ここがパパのお国なの。マイヤァ?」
「そうだよ、フローナ」
「ねえねえ、何アレ?面白い形してるよ」
「あれは、倉(くら)と言ってね、大切な物をしまっておくための建物だ。シーリス」
「じゃあね、じゃあね………」

 豪華客船の甲板上では二人の少女と髭を生やした紳士が、会話を楽しんでいた。
 少女達の服は上から下まで真っ白であり、白い帽子に飾られた色のついたリボンが、身に纏う白をさらに際立たせている。
 二人の、その愛くるしい顔立ちは驚くほどそっくりであった。双子である。
 よほど見慣れた者でない限り、見分ける事は困難だろう。
 ただ、初めてあう人にも見分けがつくようにだろうか?二人の帽子についているリボンだけが別の色に染められている。

「やっと、お船から降りれるのね。シーリス退屈だったよ」

 黄色いリボンをつけているのがシーリス。見るからに好奇心旺盛な少女のようである。

「フローナはねパパのお国で、楽しい事いっぱい探すの」

 かたやフローナという少女は、どちらかというと控えめで大人しそうな雰囲気を漂わせている。 
 どうやらシーリスの方が姉のようである。

「ふふ、シーリス、フローナ。この国には面白い物や楽しい事が沢山あるよ」

 マイヤと呼ばれた紳士は、二人の顔を見ながら軽く笑う。
 二人の少女は甲板上を駆け回り、身体中で喜びを表現していた。
 その光景を暖かく見守る紳士マイヤ。
 彼こそ、シャトーブリアン家に仕える、ハインリヒ・フォン・マイヤー、その人である。


 二人の少女がはしゃいでいる豪華客船より離れた場所に、その貨物船は停泊していた。
 どうやらソビエトの船のようだ。

「本当にありがとうございました、ボストフ船長」

 ショートヘアの女性は左手をさしだし、無精髭を生やした目の前の男に握手を求めた。女性の後には大きな身体の青年が無表情で立っている。

「なに、良いって事よ。おめえらの母親には、昔助けてもらった恩がある。それに比べれば日本に送ることくらいどうってことないさ」

 ボストフ船長はコーンパイプを口にくわえながらその白い手を握りかえす。

「その話は母から伺っています」

 女性の後に立っていた青年は無表情のまま、ボストフ船長に向かって話す。

「昔はじいさんを殺した日本人が許せなかったが、おめえらのおふくろさんに助けてもらい、この国の話を聞いているうちに大の日本好きになっちまったよ」
「ふふ、わたしも母の愛したこの国を愛しています。ボストフ船長にそう言っていただけるとうれしいです」
「へへ、じゃあ今日からそのおふくろさんが愛したこの国でがんばんな!ローズ。周防」

 ボストフ船長はそう言うと片目をつむってそう言った。

「はい。では失礼します」
「失礼します」

 笑いながら手を振るボストフ船長に背を向けて二人は歩き始めた。

「ボストフ船長のおかげで、遅れていた時間を短くする事ができましたね。姉さん」
「ええ、向こうについたら改めて感謝の手紙を書く事にしましょう。周防(すおう)」

 周防と呼ばれた青年は無表情のままコクリとうなずいた。
 周防は短く刈り込まれた金髪に、ダークブルーの瞳という外見をしている。
 ローズと名乗る女性は少し長めのショートカットに透き通るようなマリンブルーの瞳。
 どちらも美形である。

「ところで姉さん、何処に向かっているのですか?蒸気列車の駅はそちらではないと思いますが」
「時間が遅れているのは分かっているわ。でも先に寄っていかなければならない処があるの」
「?」
「母さんの知り合いの店よ」
「ああ、例のカフェですね」
「そう、まずはカフェのマスターに挨拶をしてから劇場に向かいましょう」

 ローズは蘇芳に向かって軽く微笑み、弟は………あいかわらず無表情で口だけを歪ませていた。

    


「そうですか、やはり吉野君の力ですか……」
「ああ、おまえに話を聞いた後、さくらに……吉野の母に手紙を送ったんだがよ……。やはり吉野の力に間違いないそうだ」

 大帝國劇場の支配人室で、めのじは米田と向かい合って話をしていた。
 話の内容は先月の式神事件で起こった吉野の破邪の力についてである。

「自分もおかしいとは思っていたんですよ。いくら霊力があるからといって吉野君の力で神凪君を突き飛ばす事ができるものなのか?ってね」
「だははは、本人はそれに気付いていないがな。まさに破邪の力の準備運動ってところか?」
「まあ、アレが『破邪の力』発動のきっかけになったとは少々呆れてしまいますがね」

 米田達の話では、吉野の破邪の力が発動される前にその兆候があったというのだ。吉野のファーストキス直後の神凪を吹き飛ばした力である。

「しかし、素晴らしい力である事には違いありませんよ。さくらさんの時でさえ帝國華撃團に入ってかなりたってから発動したのでしょう?」
「ん?まあ、さくらの時も今回と似たような状態だったらしいからな。時間の経過は関係ないんじゃねーのか?」
「たしかに、米田さんのおっしゃる通りまもしれませんが、力に目覚めるの早いにこした事はありません」

 めのじは、うんうんとうなづきながら破邪の力の目覚めに喜んだ。
 が………

「それがな、吉野が破邪の力を使ったのは、これが初めてじゃないらしい」
「それは本当ですか!」
「おめえに嘘言ってどうすんだよ。さくらの手紙にそう書いてあったんだ。間違いねーだろう」
「す、すみません………。で、手紙にはなんと?」
「初めて破邪の力を発動したのは、吉野がまだ十二歳になったばかりの頃だと書いてあった」
「十二歳!!」

 めのじは目を見開き驚いた。
 あまりにも早い目覚めである。

「その時は森の一角を根こそぎ消滅させたそうだ」
「森を消滅!?」
「ああ、燃やす事なく、文字通り消えて無くなったそうだ」
「すさまじい力ですね。どのような力だったのか分かっているのですか?」
「いや、力の作用に関してはさくら達にも良く分かっていないんだと。ただ……」
「ただ?」
 
 めのじが身を乗り出すのを一瞥し、横を向きながら米田は再び話し始めた。
 
「ただ、初めて力を使った時、吉野はある人物と一緒にいたそうだ」
「ある人物?それはいったい……」
「おめえも良く知ってる男だ………。俺や帝國軍人を怨んでいる男………」
「帝國軍人を怨むって……まさか……」
「ああ、そのまさかだ。あいつが吉野の血に宿る破邪の力の発動をうながし……そして封印した男だ」
「封印?発動できるようになった力を封印したのですか?」
「さくらのたっての願いで、あいつが封印したようだ。封印解除の術を込めてな」

 ため息をつきながら米田は立ち上がり、窓の方へと歩いていった。

「封印解除の鍵はさくらの時と同じ、大切な人間を守りたいと思う心ともう一つ、己の身を守る時だそうだ」
「吉野君が十二歳の時といえば……彼がまだ二十歳にもみたない頃ですね?」
「ああ、当時から人波外れた才能と洞察力を持っていたからな」
「しかし、彼が………」
「…………」
「だとすると、この間の吉野君の力を嗅ぎ付けて………」
「帝都に戻ってくる………いや、すでに戻っておるかもしれん」

 めのじは、お茶をすすり椅子に深く腰かけた。

「やっかいな事になりそうですね…………」
「あいつに関してはわしは何もできんよ。敵となるのか………味方となるか…………それを左右するのは神凪と吉野。この二人だけだ」






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