第四話 運命の絆 後編





「ちょっとまった、なんだよその新しい敵ってのはよ!」

 神田橋の魔獣を一掃し、新轟雷号に戻ったセンカとれいかを待っていたのは、新たなる敵出現の知らせであった。

「わたくしが倒した魔獣の仲間がまだいるとおっしゃるんですの?」
『いや、そうじゃねえ。どうやら魔獣を操ってた奴らとは違う敵らしい。あざみ君』
「はい」

 通信画面に写る米田は、あざみに説明するよううながした。

「二人ともこれを見なさい」

 投影装置に、家屋を破壊する小鬼と大蛇の姿が写る。

「え?お……鬼に蛇?な、なんだよこりゃ。」
「……式神(しきじん)?……まさか陰陽師がからんでますの?」

 れいかは、うろたえるセンカをしり目にあざみへと顔を向ける。

「流石ね、れいかさん。その通り、これは陰陽師が放った式神よ」
「しき・・じん?おんみょうじ????」
「式神とは術によって作られた、命をもたない術者に忠実な従者。形状としては鳥や鬼の形をしたのが一般的ね。陰陽師は陰陽術と呼ばれる神道と密教をあわせた術を生業とする者よ。日本を霊的に守護してきたのも彼等陰陽師達で、この帝國華撃團も陰陽師の協力によって成り立っているわ」

 あざみは、少し緊張した面持ちで淡々と語った。

「はあ?ちょっとまってくれよ。その話だと、その陰陽師ってのはあたいらの仲間なんだろ?なんで帝都を襲ったりするんだよ?おかしいじゃねえか」
「ふっ、邪道に落ちる者もいると言う事ですわ。陰陽の術を使う者が全てわたくし達の味方ではありませんわ。センカさん?あなたその程度の事も想像できませんの?」

 れいかは呆れ顔でセンカを見やる。

「わ、悪かったな。あたいは戦い専門なんでね。どこかの頭でっかちとは違うんだよ」
「な!だ、だれかさんのように頭の中に筋肉が詰まっているよりはマシですわ」

 センカとれいかの間に火花が散る。

「二人ともいい加減になさい!非常事態なのよ!」
「………」
「………」
『まったくおまえらは………今がどういう状況か分かってるか?』

 画面上の米田はあきれたといった顔でため息をついた。

「………では、今どういう状況ですの?」

 れいかは腕を組み、とりあえずは平静を装う。

『うむ。上野近辺の家屋が崩壊していると風組から報告があった』
「ふん!また上野かい、ハデにやってくれるねえ。神武改の仮点検がすみしだいあたいが蹴散ら……………ちょっとまてっ!」
「?」

 れいかはセンカの反応にいぶかしげな顔になる。

「今、上野近辺って言ったな!」
『ああ、言った』
「じゃあ、めのじ達のいる病院はどうなってんだよ!あそこも上野近辺に入るんじゃねえのか!?」
「吉野さん!」

 センカが何を言わんとしたのかを理解したれいかは、吉野の名をあげた。

「吉野やめのじのいる病院はどうなってるんだよ!」
『ああ、その事だけどな。…………病院は崩壊したそうだ』

 さらりと言う米田に新轟雷号に設けられたブルーフィングルーム内は沈黙する。
 そして、次の瞬間………

「なんだってえええええ!」
「なんですってえええ!」

 二人の乙女の声が 新轟雷号を飛び出し、暗いトンネルの中にこだました。


    



 キンッキンッキンッ
 固い物の撃ち合う音がする。
 吉野の手に持つ鉄筋と小鬼の爪がぶつかり合う音だ。

「でやああああ!」

 北辰一刀流の星眼(せいがん)の構えから繰り出された突きが、小鬼の頭部を貫いた。
 本来ならば打ち下ろしの後、水月か喉を突くのだが、身長五十cmそこそこの小鬼では頭部に狙いがいく。

「まだなの、まだ目覚めないの!」

 一瞬、壁の前に横たわる神凪に目を向けるが、いっこうに目覚める気配が無い。
 あれからすでに十五分が経過していた。めのじの話では目覚めても良いハズだ。
 
「どうしてなの、何故目覚めてくれないの」

 吉野の周囲には常に二体ほどの小鬼が存在していた。倒すたびに新しい小鬼が現われ、また倒す。そのくりかえしである。
 ただ唯一の救いは新しい小鬼が現われるまで、いくばくかのタイムラグがある事であった。そのわずかの間に息を整え、体力消費を抑えるのだ。しかし、それでもすでに両腕が重くなってきている。
 彼女の着物にも疲労の後が見て取れた。所々が破れ、血が滲んでいる。小鬼の攻撃を避けきれないでいるのだ。
 そして、また一つの小鬼が、視界の隅で実体化した。
 完全に実体化する前に潰せば楽なのだが、神凪のそばを離れるわけにはいかない。いつ何処から襲ってくるかわからないのだ。

「神凪さん!神凪さん!」

 吉野は神凪に呼びかける。

「このままじゃ、めのじさんが………めのじさんが!」

 目尻に光る物を浮かべ、何度も叫び続けた。
 15分たっても神凪が目覚めない場合、めのじは式神の密集地帯に特攻をかけると言った。もし目の前の小鬼がなんらかの反応を示せば、めのじが特攻したという事。今は、それらしい反応は見受けられないが、その時がくるのも時間の問題だ。
 
ギャシャシャシャシャ 
 
 新たに実体化した小鬼が、向かってきた。

「やああああ!」

 左側に跳躍してくる小鬼を、真一文字に凪ぎにいく。
 が、疲れが足にきたのか、左足に力が入らない。

「くううっ」

 方膝をつきながらも、目前にまで迫ってきた小鬼を柄頭で吹き飛ばす。

ギシイイイイイイイイッ

 突然、真後ろで不気味な声が響いた。
 吉野はすかさず振り返る。

「神凪さん!」

 一瞬のスキが危険な状況を生みだすものだ。
 振り返った吉野の目に、今まさに切り裂かれようとしている神凪の姿が写った。

「やめてええええええ!」

  ………………ピチャーンッ

 頬から落ちた滴(しずく)が砕け散り………
 帝都中の鳥がざわめき、一斉に飛び上がる………
 風が唸り、瓦が鳴動。
 そして………
 
  ………黄金の光が現われた。

 強烈な光は神凪に迫っていた小鬼もろとも路地裏の魔符をすべて瞬焼(しゅんしょう)させた。

 真宮寺家の血が持つ破邪の力である


────────上野公園

「ど、どうしたというのだ!おおお………く、楔が!」

 キイイイイイイイイイイイイイ

 妙兼の目の前の楔が黄金の光に包まれ………

 バシュウウウウウウウッ

 消滅した。

「ば、ばかな………こんな事が………」

 妙兼は高台より、はるか遠くの霊力の輝きを凝視する。
 神々しいまでの光を………


────────薄暗き場所

「すばらしい。なんという霊力だ」

 孔明は水晶に写しだされた光を好気の目で見つめた。

「し、信じられません。この霊力!………これではまるで………」
「神銘器の力によく似ていますね」

 孔明の言葉に亜里沙は息を飲む。

「ふふふ、これほどの霊力を出されては、楔なぞひとたまりもないでしょう。呆然とした顔の妙兼殿が目に浮かびますね」
「確かに、あの楔はこれ程の力には耐えられるようにはできておりませぬ。そもそも、あれは上野に眠っているやもしれぬ物を、探し出すために誂えた祭器。神田橋を襲ったのも、彼(か)の地に封じられている霊力を解放し楔へと導くためにございます」

 亜里沙は孔明に寄り添うように、水晶を見つめる。

「ええ、楔に霊力をぶつけた時に発生する、共鳴現象を利用しようと思っていたのですが………それも、徒労に終わってしまいましたね。妙兼殿の失敗により……。あの人は、破壊により地脈を崩し無理やり霊力を集めようとしたのでしょう。浅はかな考えです」
「まったく、そのとうりですわ孔明様。しかし、妙兼めの愚考が、まさかこのような力を解放する事になろうとは……。いったい、この光は何なのですか?神銘器の力に似てはいますが全く異質なものにも感じられます」
「裏御三家………という存在を知っていますか?」
「いえ、聞いた事はありません。それがこの光と関係が?」
「………ええ」

 ピシッ

 突然、水晶にヒビが入り全ての映像が消え、瞬時に辺りは薄暗くなる。

「こ、これはいったい!」
「ほう、破邪の力は遠見の術にまで及ぶのですか………まったくもって、すばらしい」
「破邪の力?………あっ!」

 突然、亜里沙がなめかましい声をあげる。
 凄まじいばかりの力に興奮した孔明の左手が、亜里沙の袴に潜り込んだのだ。

「ふふふ、真宮寺の血を受け継ぐ者………会って見たいものです。そう思いませんか、亜里沙?」
「ん……くっ……あ、ああ!………こ……こうめ…い……さま………んっ!……」

 微かな明りの灯っていたその場所は、ゆっくりと闇に飲まれていく。
 完全な闇に包まれた中を、亜里沙の喘ぎ声だけが満たしていた。


────────新轟雷号内

『うぬぬぬ!いったい何が起こったというのだ!』

 破邪の力の発動は、騒然だった新轟雷号の中にまで影響を及ぼしていた。
 地震のような振動が新轟雷号を襲ったのだ。
 ただ地震と違うところは、霊力の波動も伴ってきた事である。
 様々な計器のメーターがふり切れ、真空管が弾け飛ぶ音がする。

「み、美緋さん、状況を!」
「は、はい!霊子系の駆動制御装置は全て使用不能。手動に切り替えます。全機関オールグリーン!新轟雷号の動作に関しては問題はありません」
「わかりました!では、霊波探知機で原因を調べてみて!恐らく強力な霊力が原因だと思うわ!」
「はい!これから異常振動の原因を調べます!霊波探知開始」

美緋の指が滑るように動く。

「霊波探知機に反応!巨大な霊力を発見しました。霊波値は…………う、うそ」

 テキパキと計器類を操作していた内田美緋は霊波探知機のリフトグラフを見たとたん、言葉に詰まってしまった。

「どうしたの美緋さん!」
「どうした美緋!」
「美緋さん!」

 突然の振動と慌ただしくなった状況に、何をしていいのか判らなかったセンカとれいかも、美緋の変化に気付いた。

「こ、これは!」

 美緋が呆然と見つめるリフトグラフを覗き込んだあざみは、驚愕の声をあげ、センカとれいかは目を見開き絶句した。

『あざみ君!どうした!何があった!』

 リフトグラフを直接見れない米田が、モニター上で叫ぶ。

「リ、リフトグラフの表示は黄色!……ふ……不確定!数値は六千を超えています!」
「なにいいいいいい!」

 あざみの報告に、米田は大声をあげる。
 『リフトグラフ』とは 霊力を調べる装置である。かの帝都大戦において使用された蒸気演算機よりも遥かに優秀であり、霊力の種類、質、強さを瞬時に調べる事ができた。 表示には色、等級、数値が使用される。

 色が種類。一般人の標準的な色は青で表示される。
 等級が質。安定度やある範囲内における密度などを表わす。十級から特一級までの十二段階表示で区別される。
 数値は強さ。これは霊力の強さ持続力を表わす。一般人の平均値は二百〜三百である。

 ちなみにセンカは赤・二級・千二百となっている。赤はより強力な破壊の力に変える事のできる霊力である。
 れいかは赤・三級・千八百。センカの方が等級が高いのはそれだけ霊力の密度が高く、一点集中させればより強い力とする事ができるのだ。その変わりにれいかは霊力の強さが大きく持続力が高いため、一定の力を広範囲まで解放する事ができる。
 しかし、目の前に表示されている力は全てにおいて、桁外れであった。
 黄色は主に寺社などが発する神力に近い霊力を表わす色であり、破壊・結界・癒しにおいて最高の威力を持つ。
 等級不確定とは、現在確認されている力を超えている事を示している。その上限がどこまであるのか、調べる事すらできない。
 六千にしても脅威的だ。神霊力に近い力、密度は特一級を超えた上でこの数値。米田が叫ぶのも無理は無い。米田の記憶にも、この神国日本でこれほどの霊力の人間は数人しかいない。いや、それらの人間の中にも不確定の表示がされた人間はいないのである。


    



「…………何がおこったの?」

 吉野達の周囲が金色の光りに照らされている。が、それが自分の力が引き起こした力であると気付いてはいない。
 それもそのはずだ。吉野は母から破邪の力の存在を聞いていないのだ。しかも、その発動が母さくらの時とは違い、吉野自信は輝きを放ったりはしていなかった。そのため吉野には突然周囲に光りが満ち溢れ小鬼が消滅したとしか見えなかった。
 やがて光りはゆっくりと消え始め、ただの路地裏へと戻る。

「う………うん」

 ふと吉野の真下で声がした。神凪の声だ。光りに包まれている間、吉野は神凪の上に覆い被さっていたのだ。
 
「神凪さん!」

 吉野が下を向くのと同時に、神凪の目がゆっくりと開かれた。
 すぐ目の前に、お互いの顔がある。三十cmと離れていない。

「え?……うわあああああ」
「え?……きゃあああああ」

 突然、二人は叫び声をあげ、後ずさる。

「よ、吉野君?あ、あの……い、何時目が覚めたんだい?あ、いやその………え?………俺なんでこんな所にいるんだ?」
「あ、あの、わ、わたしは神凪さんの……じゃなく………はい?何故ここにいるかは……その……」

 お互いが質問と説明を言葉にした。両人とも真っ赤な顔をしている。

「…………………プッ、クスクスクスクスッ」
「…………………ぷっ、ははははははははっ」

 神凪と吉野は、お互いの言動が可笑しいのに気付き。そして二人して笑い始めた。
 
「ふぅ。何がどうなっているのか良くわからないけど、おれは眠ってしまってたようだね。あ、おれは神凪近衛。今日、帝國華撃團に配属になったんだ。っと言っても、すでに承知してると思うけど。まあ、宜しく」
「クスッ、そうですね。お互い相手を知っているのに自己紹介がまだなんですものね。わたしは真宮寺吉野です。よろしくお願いします」

 吉野は軽く頭を下げた。

「ところで吉野くん。今いったいどういう状況なのかな?」
「状況?、…………はっ!」

 言って吉野は立ち上がる。

「い、いきなりどうしたんだい?」
「神凪さん!めのじさんが大変なんです!助けて下さい」
「…………」

 吉野の言葉に神凪はキョトンとした表情をする。

「神凪さん!早くしないとめのじさんが!」
「俺の何が大変なんだい?吉野君」

 突然、吉野の後方から声がした。

「え?めのじさん!」
「ああ、そうだよ吉野君。正真正銘、薬剤師兼神霊医師のめのじさ。よっ、神凪君も目が覚めたようだね」
「はい、状況は分かりませんが、とりあえずは起きてます」

 軽く笑うめのじを見ていた吉野は、へたりとその場に座りこんだ。

「良かった。無事だったんですね」
「ははは、少しばかり傷をもらってしまったけど、なんとか五体満足でいられたよ」
「もう、「なんとか五体満足でいられた」だなんて変な事言わないでください!わたし心配してたんですからね!」

 目尻の涙を拭いながら吉野は言った。

「いや、本当に心配かけてしまって悪いと思っているよ。でも、結果としてこうしてみんな無事でいられたんだから、いいじゃないか」
「…………めのじさんったら」

 めのじと吉野はお互いに安堵した表情で、軽く笑みを交わした。

「あのー、めのじさん?できれば俺にも、何がどうなっていたのか説明してくれませんか?二人の会話を聞いていても、何がなんだがさっぱりわからないのですが…………」
「おっと、そういえばそうだ。気絶していた神凪君にも説明しないといけないな。吉野君?」
「そ、そうですね。神凪さんにも説明しなければいけませんね」

 そう言った吉野の顔は、神凪との出来事を思い出し少し赤くなる。

「詳しい事はあとで話すとして、とりあえず表通りへ行こう。説明する手間が省けるからね」
「表通りって………もう大丈夫なんですか?」
「ああ、突然黄金の光が現れて、奴等を一掃してくれたんだ」
「え!式神を消滅させる光は、表通りにも現れたんですか!?」
「まあ、そうだけど、「表通りにも現れた」ってのはちょっと違うな。どうもあの光はこちら側からあふれて来たようなんだ………吉野君はどこから現われたのか確認してないのかい?」
「い、いえ。わたしは突然現れたようにしか見えなかったものですから…………あ、すみません神凪さん!」

 吉野は、神凪が渋い顔をしているのに気付き、頭を下げた。

「気にしなくていいよ。二人の会話で、何があったのか大方の予想はついたから」
「いや、悪かった神凪君。ちょっと不思議な事が起こったんでね。でも、この程度の会話を聞いただけで予想できるなんて、流石隊長に選ばれるだけの事はあるね」
「………どうやら俺は二人の足手まといになってしまっていた様だ、という事が分かっただけですよ」

 神凪の言葉に、めのじは思わず引きつった顔になる。

「そ、そんな事はないです!神凪さんは病院でわたしを守ってくれたじゃないですか!」
「そうだ!君は吉野君を立派に守ったじゃないか!」
「い、いや、あの時はただ無我夢中で………」
「わたしは嬉しいんです。神凪さんが身を挺してわたしを守ってくれたのが………」
「吉野くん………………」

 神凪と吉野が見詰め合う。が、そろそろ作者もキレてきた。

「まあ、その話は後でするとしてだ、神凪君 吉野君、とりあえず表通りへ行こう」
「は、はい」
「そ、そうですね」

 めのじに、いい雰囲気が壊され少し面白くない吉野であった。
 ふん、これ以上ラブラブチックな雰囲気にしてたまるか!by作者



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