第四話 運命の絆 後編





「くのくのくのっ!近寄るなああ!」

 めのじは鉄パイプを振り回し、前から横から飛びかかってくる小鬼を攻撃する。
 武器の扱いに明るくないめのじだが、すでに十四体程をただの紙切れに還している。それもほぼ完璧に小鬼の攻撃を避けているのだからたいしたものだ。

「くそおー、倒しても倒してもキリがない!まさか式神に帝都が襲われているとわ……。いったい、どうなっているんだ!」

 二人が病院の外に出たときには、すでに町のいたる場所に妙兼の放った大量の式神がばっこしていた。
 数で押す小鬼と一体の赤い大蛇の式神。その二種の式神が町の人々を襲い、建物を破壊していたのである。
 大蛇はその巨体を震わせ、帝都の建物を粉砕していく。
 病院もこいつによって崩されたのだ。
 しかし、今めのじ達の脅威となっているのは実際のところ大蛇ではなかった。
 巨大な大蛇は建造物破壊のみを命令されているのか、逃げ惑う人々に目もくれず建物のみを破壊していた。
 問題なのは小鬼の式神だ。
 身長は五十センチ程度。動きは瞬敏とはいえず、落ち着いて行動するならばめのじの様に武術に無縁の人間でも互角以上に戦う事ができるだろう。個体の戦力は魔獣とは比べ物にならない程低い。
 が、問題はその数である。
 非力さを補ってあまりある大量の式神。なまじ疲れを知らない疑似生命のため、やっかいな事このうえない。今も、めのじの周囲には十〜十五体の小鬼が群れをなしている。

「めのじさん後ろ!」

 吉野の叫びに、めのじは反射神経だけでその場にしゃがみこむ。

キシャウウウッ

 板金を引き裂くような嫌な声と共に、鋭い爪をともなった小鬼が頭上を通りすぎる。小鬼は確実に首を狙っている。

 ぱさりっ

  髪の毛の何本かが地面に落ちた。

「うをを!髪がああああ!」
「エイッ」

 ボコッ

 吉野の手に握られた赤茶けた鉄筋が、小鬼の頭を吹き飛ばし唯の紙へと戻す。吉野が倒した小鬼はこれで三十五体目。病みあがりとは思えない強さだ。

「くそお、何処か非難できる場所はないのか!」

 辺りを見回すが、どの建物も安全そうには見えない。たとえ無傷の建物でも大蛇に狙われたらそれで終りだ。いっその事、地下に逃げた方が………。
 いや、地下は地下で光がないのため、闇の中でも力の衰えない小鬼が脅威となり危険だ。
 わめきながら逃げ場を探すめのじの、すぐ後ろにいた吉野が一つの道を見つけた。

「めのじさん、あそこ!」

 息をきらしながら吉野は民家を指差す。帝都の裏にまわればどこにでもある一般帝都民の標準的住まいである。その民家と民家のすきまに吉野は目をつけたのだ。

「なるほど路地裏か。あそこなら小鬼の数も制限されるな。よし!神凪はオレが引き受けるから吉野君はしんがりを頼む」
「分かりました」

 めのじは吉野のそばに寝かせていた神凪を再び背負い、細い路地裏へと駆けこんだ。

「くそ……重たい……まったく……いい加減に目を覚ましてくれよ……」
「ハアハア………めのじさん!……めのじさんの力で神凪さんを起こす事は出来ないんですか?」

 荒い息を吐きながら尋ねる吉野の顔には、疲労の色が出始めている。

「さっき試したんだけど効果がなかった。どうやら頭をかなり強く打ったようだ」

 吉野が病院に運び込まれてからの事に関しては、逃げまわっている途中に説明している。吉野が霊力と体力の限界を越えた事により昏睡状態に落ちいった事。見舞いに来ていた華撃團の仲間が魔獣退治に出撃した事、めのじの神霊医療(ちから)の事、そして神凪の事。
 かいつまんで話したため、たいした情報ではないが、とりあえず吉野の不安は解消されている。

「くっ、このおおお!」

 バシッ

 力任せに振った鉄筋が追ってきた最後の小鬼を叩き潰した。

「ハアハアハアハア……」
「大丈夫か吉野君」
「ハアハア……、大丈夫です。まだ戦えます」
 
 そう言う吉野の肩は大きく上下し、鉄筋を握る両手もだらしなく垂れ下がっている。体力の限界がまた近づいているのだ。

(まずいな、このままだと病み上がりの吉野君がまいってしまう……今度、意識不明になったら精神埋没くらいじゃすまないぞ……どうするめのじ……………!)

 めのじは考えた。

(とりあえず、この裏路地まで追ってきた小鬼は、吉野君が一掃してくれたが、すぐに新手が………くそう神凪君さえ目覚めれば、吉野君を休ませながら戦う事ができるのに…………考えろ!考えるんだめのじ!神凪君を目覚めさせる方法を考えるんだ!)

ポクッポクッポクッポクッポクッポクッポクッポク……チーン!

(………ん?……ある!、一つだけある。しかしこれは……)

 めのじは吉野の顔を見た。疲れた表情でツバを飲み込んでいる。無理もない、まる一日水すら口にしていないのだから。

「………仕方ない。いっちょやってみるか」
「めのじさん?!」
「吉野君、これを神凪君に飲ませるんだ。うまくいけば目覚めるかもしれない」

 めのじはそう言うと、白衣のポケットからなにやら怪しげな緑色の丸薬を取り出した。

「これは?」
「こいつは『芹宝丸』(きんぽうがん)といって、霊力を一時的に高める効果がある薬なんだが、気つけ薬としての効能もある薬だ」
「それじゃあ……」

 吉野の顔がみるみる明るくなる。
 しかし……

「う、うん。おそらくこいつで神凪君を強制的に目覚めさせる事はできるだろう。…………ただ……」
「ただ?……ただ何ですか!」
「ただこの薬は効き目が遅いうえ、服用直後は激しい衝撃を与えたらダメなんだ。だからしばらくは神凪君を運んで逃げる事はできなくなる……」

 一瞬の沈黙ののち、めのじはあとを続けた。

「で、目覚めるまでの時間は………およそ十五分」
「じゅ、十五分もここにとどまるのは危険です!」

 吉野は大通りに抜ける小道に目を向ける。小道の向こう……大通りからは小鬼の叫びと破壊音が絶え間なく聞こえてくる。いつまでもここに止まるのが危険なのは明白だ。

「そうだね……………危険なのは分かっているよ」

 めのじはおぶっていた神凪を、ゆっくりと地面に横たえる。
 
「………だから俺一人大通りに戻って、式神の注意を引き時間を稼ぐ!」
「無茶です!一人で敵の注意を引くなんて危険すぎます」
「なあに、時間を稼ぐと言ったって逃げ回るだけだ。まともに相手にしやしないさ」

 めのじはおどけながら、紙にくるまれた薬を吉野の手に包み込むように渡した。

「もし……もし十五分たっても神凪さんが目覚めなかったら?……」
「その時は俺が敵の密集地帯に殴り込むから、吉野君はスキをみて逃げてくれ。さすがに正面きって突っ込んでくる奴を無視して、周囲を襲うなんて事はしないだろうからね」
「なっ……できません!めのじさんをおいて逃げるなんて、わたしには出来ません!」

 ニコリと笑っためのじは、吉野の肩を軽く叩き……駆け出した。

「めのじさん!」

 衝動的にめのじを追いかけようとしたが、足元の神凪を置くいていくわけにもいかず、思いとどまった。

「大丈夫、十五分したら目覚めるって!じゃあ、頼んだよ」

 めのじは路地裏の角を曲がり大通りへと踊り出た。

「めのじさん……………」
(分かりました。神凪さんを目覚めさせたらすぐに駆けつけます。だから……無理しないでください)

 吉野はめのじの無事を心の底から祈った。

「………この薬を飲ませるには水が必要ね」

 大きな丸薬である、水無しでは飲み込ませる事はできないだろう。吉野は素早く辺りを見回した。民家の路地裏なので何処かに必ず水場があるはずだ。

「あった!」

 そばに水場が備え付けられていたのが目に入る。
 すぐさま駆けつけ水をすくおうとしたが、容器が見当たらない。周囲にも水を入れる事のできそうな器はない。

「……器が無かったら薬を飲ませる事が………」

 吉野はいきなり壁にぶち当たってしまった。
 たとえ、手ですくったとしても口の中に入れる事はできそうにない。かといって容器を探している時間は無い。
 こうしている間にも、小鬼を相手に立ち回っているめのじの体力は少なくなっているのだ。
 となると、残る手段は一つだけ。
 ゴクンッ
 吉野の喉が鳴る。

(………これしかないわ)

 まずカラカラの喉を冷たい水で潤した。
 これで少しは体力が回復するだろう………15分間を戦う力くらいは。
 まだ喉の乾きは完全に治まっていないが、あまり時間を削くわけにはいかない。いくばくかの水を口中に残し神凪のもとに駆け戻る。
 めのじから受け取った薬を、神凪の口に入れた。

トックン、トックン、トックン……

 自分の鼓動が早くなるのが感じられる。

(まだ、話しもしていない人………………ううん………この人は、自分の身を挺してわたしを庇ってくれたのよ。今度はわたしの番…………それに…………)

 吉野は神凪の顔に手を添え、ゆっくりと顔を近づけた。
 神凪の顔が近づくとともに、目を閉じていった……

   やさしい風が二人の身体を包みこむ。
   サクラの香りのする心地良い風、

ゴクリッ

 神凪の喉が鳴った。
 その感触を感じた吉野は、ゆっくりと頭を上げる。
 顔が熱い………
 自分で確認はできないが、恐らく真っ赤な顔をしているだろう。
 ファーストキスの時は状況が状況であり、半分混乱していたために意識はしなかったのだが、今回は違った。
(………静かだわ………)
 
 吉野の脳裏にふと、そんな考えがよぎった。
 大通り方面からは、たえまなく破壊音が聞こえている。その中にはめのじが戦っているであろう音もまじっているのかもしれない。
 だがそれも、この小さな空間の中にいると遠くの出来事のように思えた。

(可愛い寝顔………まるでお父さんみたい……(くすっ)……変なの……お父さんを思い出すなんて。全然似ていないのに……)

 吉野は神凪の頬を人さし指でつつく。

(気絶して倒れ込んだってめのじさんが言ってたから、たぶん神凪さんは知らないんだろうな。あなたがわたしの初めての人だって事。そして、今の………)

 吉野は複雑な気分になった。
 今は心が高ぶっている、いつもと違う自分だと理解できる。普段の自分ならこのように大胆な行動はとれないだろう。
 状況が落ち着いて気持ちを整理した時、自分は後悔するのだろうか………。

ガサリッ

 突然、後で何かの動く音がした。
 瞬時にふりかえる吉野。

「……こっちにも流れ出してきたのね」

 小さな符から醜悪な小鬼の姿に変わっていく、数体の式神を見つめ呟いた。

ギャッキャッキャッ

 完全に形をなした小鬼の一体が金切り声をあげながら吉野に向かってきた。

「ええい!」

 ガスッ
 吉野の放った鉄筋が小鬼を吹き飛ばす。
 残りは五体……いや、まだ現れるだろう、考え事をしているヒマはない。

 ギイイイイイイッ 

「たああっ!」

 バシュウウッッ
 眠る神凪に飛びかかろうとした小鬼に魂心の一撃がきまる。

「この人には……神凪さんもは指一本ふれさせないわ。かかってきなさい!わたしが相手よ!」

 吉野の声が桜舞い散る帝都の空に響き渡った。


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