第四話 運命の絆 後編





「めのじさーん」

 神凪達が表通りを歩きながら詳しい話をしていると、遠くから大きな音をたてながら黒い蒸気自動車が近づいてきた。クレングである。

「ああー、さつきちゃん!」
「?」
「?」

 めのじは大きく手をふるが、神凪と吉野はまだ帝國華撃團の隊員についてなどの詳しい話を、まだ聞かされていなかったため困惑の色を浮かべる。

「どなたですか、めのじさん?」

 吉野は近づいてくるクレングを眺めながら云った。

「そういえば、まだ話していなかったね。あれに乗っているのは帝國華撃團の隊員だよ」 
「帝國華撃團の!?」
「もしかして、わたしが上野公園でお合いした方ですか?」
「いや、吉野君を助けた女の子達は現在出動中だ。あれに乗っているのは別の部隊の娘(こ)だよ」

 そう言っている間に、クレングは三人の目の前まできて止まった。

「こんな所にいたんですか、探しましたよ」
「ははは、そりゃすまなかったね。病院が崩壊してしまったんで、そこいらを逃げ回ってたんだよ」
「あたしもビックリしましたよ。戻ってきたら病院が無いんですから。かわりに、小さな鬼がいっぱいいて、こっちに攻撃してくるし………。でも、ほとんどをこのクレングでひいてやりましたけどね」

 物騒な事をいう娘だ。正義の味方とは思えない言葉である。まさか、この娘の業を返済するためにその子孫が婦人警官になり交通課に………。そんなわけないか。

「おいおい、無茶はやめてくれよ。この蒸気自動車、高かったんだからね」
「わかってますって。で、目覚めたんですね、彼女」
「ああ、式神が襲ってきた時にね」

 めのじは神凪、吉野とさつきの間に立った。

「紹介しよう、彼女は帝國華撃團の隊員で小早川さつきちゃん。普段は売店で売り子として働いているんだ」
「はじめまして、あたし小早川さつきです」
「し、真宮寺吉野です」
「でも、よかった。心配してたんですよ、いつまでたっても目覚めないんだから」
「すみません、ご心配をおかけして」
「いいのいいの、そんな事は。気にしないで。……それはそうと、そちらの方は?」
「ああ、彼は今度帝國華撃團に配属になる………」
「神凪近衛少尉です。宜しくお願いします」

 めのじの紹介に深々と頭を下げる。敬礼をしない所が彼らしい。

「ああ、あなたが新しい花組の隊長さんですか。こちらこそ宜しくお願いします」
「さてと、足も戻ってきた事だし、とりあえず帝國華撃團にいってみるか。式神の事も聞いておきたいし、病院の事もあるからね」
「病院全壊ですからねえ。このまま病院が再建されなかったら、めのじさんは失業確実ですね」

 さつきの言葉にめのじが悲痛な顔をする。

「さつきちゃーん。不吉な事いわないでくれよー」
「あははは、冗談ですよ冗談!」

さつきの笑いに神凪と吉野もつられて笑った。

「それでは、めのじさん。帝國華撃團までお願いします」
「わかった!、神凪君は助手席に二人は後ろに乗ってくれ」
「わかりました」
「ふふふ、神凪さん?事故があった場合、助手席の死亡率が一番高いって知ってます?」
「お、脅かさないでくれ」
「脅かしじゃないですよ。十分、ありえる事ですから」

 さつきは神凪の不安に追い打ちをかける。どうやらさつきは人を不安にさせるのを得意とする様だ。
 神凪が不安な思いのまま助手席に乗り込もうと足をかけた時、すぐ後の吉野がキョロキョロとあたりを見回しているのに気が付いた。

「どうしたんだい、吉野くん?」
「いえ、誰かに見られているような気がしたんですけど……………。気のせいですよね」

 そう言って吉野がクレングに近づこうと足を踏み出した刹那、神凪はまがまがしい程の殺気を察知した。

「あぶない吉野くん!」
「え?あっ!」

 神凪は乗りかけたクレングを蹴り、吉野目がけて跳躍した。両腕で包み込むように吉野を抱きしめ、地面へと押し倒す。

ザシュウウウウウッ!

 間一髪だった。今しがた吉野の立っていた地面が、何かにエグられたように陥没した。

「魔物か!」

 めのじはクレングから飛び出し、さつきも後に続く。

「大丈夫か吉野くん!」
「は、はい」

 神凪は周囲に注意を払いながら、吉野を庇うように身を起こす。と、どこからかしゃがれた声が聞こえてきた。

「くっくっく、わしの奸旋晶(かんせんしょう)をかわしたか。ふっ、今日はよくかわされる日だな」
「何者だ!姿を見せろ!」

 周囲に注意を払いながら、神凪は大声で叫ぶ。 

「あそこ、あの建物の上に人がいます!」

 さつきが一際大きな建物の上を指差した。どうやらあの建物は大蛇の餌食にならなかったようだ。
 そこには、痩身の式神使い妙兼が、ボロボロの袴を風に靡かせながら立っていた。身体からは凄まじいばかりの殺気と妖気を漂わせている。

「きさまか、彼女を狙ったのは!」
「その通り、わしがその娘の命を狙ったのよ」

 かなり距離が離れているというのに、妙兼の声ははっきりと聞こえてくる。何かの術かもしれないと神凪は感じた。

「何故そんな事をする!」
「ふん、それを貴様に言う必要は無いな」
「なんだと!」

 神凪が一歩ふみだそうとすると、めのじがそれを制した。

「待つんだ神凪君。一つ確かめたい事がある」
「めのじさん?」

 めのじはそのまま、二三歩前に進み妙兼を指差した。

「あんただろ?この辺に式神をばら撒いたのは」
「ええ!式神はあの男が?」
「ああ、まず間違いないな。やつの身体が発している妖気が、あの小鬼から感じた物と一緒だからね」

 めのじは横目で吉野を見ながらも、警戒を怠らずにいる。神凪の目から見てもスキがない。

「ほう、わしと式神が妖気の質が分かるとは、貴様面白い力を持っておるようだな。くっくっく、そうだわしが式神をはなった。この帝都を破壊するためにな」
「なるほど。それで、いったい何が目的なんだ?………と聞いても話してはくれないんだろ?」
「分かりきった事を………理由を話しても無駄なだけだ。貴様らはこの場で死ぬのだからな………」
「何故あたしたちが殺されなければならないんですか!」

 さつきは神凪の後ろに隠れながら抗議した!はたから見ると格好悪いが仕方ない。彼女には直接の攻撃能力はない。彼女は支援部隊所属なのだ。

「貴様らが邪魔だ、それで十分ではないか。特にそこの娘!おまえの存在は危険だ。未知数の力は早めに始末しておくに限るからな」
「なるほど………そういう事か………」
「何か分かったのですか、めのじさん」
「ああ、多少はな。まあ、その話は後だ!先にこの場をなんとかしないと………」
「自分なら、素手でも戦う事はできます。先輩から対術者用の戦い方をみっちり叩き込まれていますから」
「そ、そんな戦い方を教える神凪君の先輩って、いったいどんな人なんだ?」
「士官学校内でも有名な、鬼の………っ!………めのじさん、きます!」

 神凪が話している間に、妙兼の妖気が急増した。

「オン・サンマヤ・ラク・カ・シャ・エイ・ソワカ
 オン・サンマヤ・ラク・カ・シャ・エイ・ソワカ
 オン・サンマヤ・ラク・カ・シャ・エイ・ソワカ……」

 呪文を上げる声が高くなるにつれ、妙兼の手の中の符が赤く輝き始める。

「この呪文は!………めのじさん………前言を撤回します。どうやら素手で歯の立つ相手ではなさそうです」
「同感。あれはかなりヤバイ物だと見た。想像通りだとすると………こうしちゃおれない」
「めのじさん?」

 めのじはすかさずクレングに戻り、エンジンを駆けた。高圧縮された蒸気が勢いよく吹き出し、クランクが勢いよく回る。

「みんな早く乗るんだ!この場は逃げるぞ」
「はい!」
「わかりました!」
「了解!」

 神凪達は慌ててクレングに乗り込む。

「逃がさん!出でよ魅万伽の蛇(みまかのへび)よ。あの者どもを八つ裂きにしろー」

 妙兼の力ある言葉により変化した巨大な蛇の式神は、頭上に妙兼を乗せ身体をうねらせながらクレングへと向かっていく。

「めのじさん早くー!」

 さつきが悲鳴をあげる。蛇の速度はその図体から想像はできない程速く、直線的であった。

「ぃっけえええええーー!」

ギュンッッッッッッ!パンッ!パンッ!パンッ!
 めのじがブレーキペダルを離すと、強烈なGが神凪達を襲った。

「ぐっ!これは」
「くううっ!」
「!」

 めのじはクレングのエンジンを最高点にまで高め、一気に吐き出したのだ。さつきのロケットスタートを凌駕する加速である。

「すごい!めのじさんって運転うまかったんですね!」
「酷い言い方だなあ、これでも一応はこいつのオーナーだよ。!っと」

 ギュシュルルルルルッ

 速度を維持しながら角を曲がる。まるでS1蒸自競職人(S1レーサー)のようだ。

「ううううう!め、めのじさん。少しスピードを落して下さい。わたし、わたし……」

 吉野の目尻に涙が溜まる。

「お、おれからもお願いします!このスピードは……うわあ!」
「もう、二人ともだらしないわねー。蒸気自動車はこのスピードが楽しいんじゃない」
「さ、さつき君。今は楽しんでる場合では………」
「分かってますよ、それくらいは………。でも、二人の頼みは却下です」
「ええ!」
「そ、そんなあ………」

 神凪の顔は青くなり、吉野は今にも泣きそうになる。

「二人には悪いけど、さつきちゃんの言うとおり、スピードは落とせそうにない。後に追い付かれてしまう」
「………まさか!」
「………うそ」
「まったく、このスピードについてこられるなんて、非常識すぎるわ!あの蛇!」

 バックミラーを覗いた神凪と吉野は絶句し、さつきは真剣な目で後を振り向き愚痴った。

「くかかかかかかっ!逃げろ逃げろ!油虫のように逃げるがいい!蝦千瞑様より授かったこの魅万伽の蛇(みまかのへび)から逃げられるものか!」
「くそう!あっちの方が速いな、曲がり角が多すぎるんだ!」

 世界でも指折りの高速蒸気自動車クレングも、曲がり角では減速を余技なくされる。だが魅万伽の蛇(みまかのへび)はその構造上速度を落さずに進める。その差が出たのだ。しかも妙兼の操る巨大な蛇は頭部だけでもゆうに4mはあり、小さな障害物なら破壊しながら進んでくるのだから、全てを避けながら走らなければならないクレングにとってはかなりのハンデだ。

「とにかく、このまま時間を稼ぐぞ!逃げ回っていれば必ず帝撃のみんなが来てくれる!………たぶん」
「ちょ、ちょっとおお」
「………」
「………」

 さつきだけが、めのじの心強い言葉に不安げな声を上げる。
 では、その横と前に座る人間は?
 恐怖の速度に耐えるのに精一杯だったのである。
 
「うぐぐぐぐぐぐぐぐ」
「ううううううううう」
 




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