第三話 運命の絆 前編





 闇の中に光るグリーンのランプが、額(ひたい)を照らす。
 バランスを取りながら、シリウス鋼につつまれた足を一歩前に踏み出してみる。
 身体を動かすたびに「正動」と書かれたランプが点灯する。機体が正常に作動している印だ。
 そして、最後のランプが点灯すると、まるで生命を与えられたかの如く『アイセンサー』に赤い火が灯された。

「か、各駆動系正常作動………視界良好、い、いつでもいけるぜ……」

 赤い霊子甲胄に身を固めたセンカが言った……が、何故か歯切れが悪い。

「ハー、ハー、わ、わたくしもよろしくてよ」

 疲れたようにれいかが口を開く。
 どうやら二人の調子がおかしいのは、同じ原因のようだ。

『二人とも大丈夫?。かなり疲れている様だけど』

 通信機を通し、あざみの声が二人の耳に届く。

「だ、大丈夫。ちょっとめまいがするだけだから、戦闘に入りゃすぐに直るって」
「そ、そうですわ。戦いの場に出た方が気分転換になって良いですわ」

 やはり、少しまいっているようだ。さつきの運転は彼女達にはキツかったらしい。さつき当人はケロッとした表情で病院に戻っていったのだが……。センカとれいかは二度とさつきの運転する車には乗るまいと心に誓ったのであった。

「それならいいわ。では現状を報告します。現在陸軍の一個小隊が一般人を保護しつつ十三体の魔獣と交戦中。目的は分からないけど、連中は規則正しく行動しているように見えるから、裏で何者かが操っているのは間違いないわね。近くに潜伏している可能性があるからくれぐれも気をつけるのよ」

 あざみが説明している間、二体の霊子甲胄は『閃航弾』(せんこうだん)に運ばれていく。

「へっ、何処のどいつか知らねえけどよ。あたいがぶっ倒したやるよ」

 少しは調子が戻ってきているのか、センカが頼もしい言葉を吐いた。

「おっほほほほ。センカさんが出る幕はございませんことよ。わたくし一人で十分ですわ」
「なんだと!おめえこそ必要ないぜ!ちゃらちゃらした服着て遊んでりゃいいんだよ」

 再び二人の間にバトルが始まるが、

「二人ともいい加減になさい!」

 すぐに、あざみの叱咤が入り、二人のバトルは延期されることになった。

ガチャンッ

 神武改の両肩が大きなツメで固定される。

「閃航弾内、神武改固定。カタパルトセット完了!」

 新轟雷号の乗組員である『虹組』隊長の内田 美緋(うちだ みき)がキーボードを操作しながら状況を報告する。

「上部ハッチ上昇、射出口との接続開始、第一、第二安全弁解除。射出修正報告に移ります……仰角60°、方位〇二時二二分一八秒、距離一一八〇、水深修正3.6m、河川速度0.8、水力修正0.2。各セッション完了」

ガガガガガッ

 新轟雷号の格納庫上部がせり上がり、トンネル天井に設けられたゲートと接続される。

「接続完了、カタパルトへの注水開始します」

ドドドドドドドドッ

 円形状のカタパルトに勢いよく水が注ぎこまれる。

「注水完了……最終安全装置解除。いつでも射出できます」

 全ての作業を終えた彼女は振り返り、あざみの指示をあおぐ。美緋の顔を見たあざみは軽くうなずき、そして叫んだ。

「閃航弾射出!」

ズンッ!、ズンッ!

 轟雷号に大きな衝撃を残し、閃航弾は水中を駆け抜け、水面を突き抜けた!

 『閃航弾』は先端の尖った、ライフル弾を思わせるフォルムをしている。外装は最新式の霊波吸収金属である4番型シリウス鋼が用いられ、ステルス性を向上させていた。内部には射出時のGを軽減するための霊子力慣性制御装置を内臓している。
 射出は帝都各地に設けられた射出口に新轟雷号を固定、カタパルトによって砲弾さながらに撃ち出すのである。
 今回は神田川底、第六射出口からの出撃となる。
 これは、幾度となくあった帝國歌劇場への魔物侵入の苦い経験から得た、華撃團の秘匿性向上のための処置である。
 話ついでに言っておくと、現在は地下指令室と格納庫も正確には帝國歌劇場の下には無い。まあ、それはおいおい語っていく事になるだろう。

「目標到達時間、10……8……6……4…閃航弾分離!」

 れいかの言葉と同時に画面の閃航弾が空中で分解し、中から真紅の霊子甲胄と真紫の霊子甲胄が飛び出した。

「落下傘(らっかさん)開放!」

 神武改の背中に備え付けられた落下傘……パラグライダーが開き、減速を開始する。

「見つけましたわ」

 眼下に我がもの顔で暴れる青紫色の魔獣と、果敢に戦う陸軍の一個小隊が見えた。

「へえ、帝國陸軍の奴等もやるじゃねえか。善戦してるぜ」

 センカの言葉どおり、帝國陸軍の一個小隊は押されてはいるものの、いまだに死人までは出してはいなかった。
 三身一体になったかと思うと再び個々に分かれ、数の差をものともしない牽制攻撃を繰り返しているのだ。個人個人の能力が高く、洗練された統率力がなければこうはいかない。恐らく陸軍も虎の子の部隊を派遣したのだろう。

「なんだアレは!」

 兵達の中の一人が神武改を指差して、叫んだ。
 魔獣もつられて上を見る。

「鳥だ!」
「プロペラ機だ!」
「い、いや違う……あ、あれは……帝國華撃團だ!」

 小隊長とおぼしき人物が叫ぶと、兵達の間に歓声があがり、魔獣達の攻撃が止まった。突然歓声をあげる人間の変化に戸惑ったようだ。

「高度10……そろそろいきますわよ。センカさん」
「おう!」

 センカは返事をするなり、落下傘の止め金を一気にはずした。
 空気抵抗が減少した二体の神武改は地球の引力に引かれ、轟音ととも着地する。

ズッズーーン………シュウウウウ〜

 神武改が降り立った周辺には、着地寸前に使用した逆噴射口が排出した煙が取り巻いている。
 赤と紫の煙だ…………次の瞬間、二色の煙は内側より、吹きとばされるように霧散した。

「帝國華撃團、参上!」

 二人の声があたりに響く。
 春の日差しに輝く鎧……総称『神武改』。
 各機個称……
 真紅に燃えるセンカ専用機『剛武』
 真紫に映えるれいか専用機『麗武』
 帝國最強を誇る霊子甲胄の登場である。

「そこの少尉さん。後はアタイ達に任せて一般人を連れて下がってくれ!」

 センカはそう叫びながら、剛武を陸軍一個小隊と魔獣の間に割って入る。
 魔獣の一体が剛武に向かうが、その醜い身体はまっぷたつに切り捨てられた。

「そうですわ。ここはわたくし達にまかせて早く庶民の方々を!」

 いましがた振り降ろされた薙鉈を再度、構え直しセンカの横に麗武をつける。庶民と言いきるところが、れいからしい。
 華麗な登場に見とれていた陸軍少尉は、れいかの言葉に我にかえりうなずいた。

「了解!総員、一般人を保護しつつ帯円陣形のままA地点まで後退せよ!」

 あらかじめ、退避地点、退避陣形を決めていたようだ。
 陸軍一個小隊は、少尉の言葉通りに数秒をまたずして、陣形を組み替える。
 迅速な判断と部下を完全に掌握手並みといい、この少尉はそうとう優秀な軍人であるようだ。

「へー、やるねえ」

 魔獣を牽制するセンカのつぶやきが聞こえたのか、少尉は唇の端を軽く上げる。

「では、帝國華撃團の方々、後は頼みます」

 陸軍少尉はそう言うときびすを返し、一般人の走る速さに合わせ後退を始めた。
 れいかとセンカのスキをつき、二体の魔獣がその後を追ったが、心配する必要は無いだろう。今まで十三体もの魔獣相手に死人を出さなかった程の連中だ。

「さあ、残ったやつはあたいが相手だ。どこからでもかかってこい!」
「おーほほほほほ、醜い魔物達!この神崎れいかが華麗に成敗してさしあげますわ」

 センカとれいかの言葉により、戦闘が再開された。


    



「う、……うぐ…………」

 首筋から吹き出した鮮血が上野の森を赤く染める。

ドサッ

 鈍い音と共に、最後の兵士が倒された。

「弱い……、話にならないわね」

 無数に蠢く魔獣の中から、一人の女性が歩みでた。
 烏の濡れ羽の如き艶やかな黒髪と透き通るような白い肌の、まこと美しい女性(にょしょう)である。
 唇に塗られた赤い紅(べに)と、優雅な動作がその美しさを更に引き立たせている。
 彼女は巫女であった。神に仕える純粋にして、侵すことのできない存在。
 しかし、そのいでたちは不気味であり、また妖艶でもあった。
 漆黒の振袖に、暗黒の袴…………。
 只の巫女では無い。

「ふんっ、それにしても不甲斐(ふがい)無い。あれたけの魔獣を送っておきながら、その大半をただの小娘に殺られたとは………。そのような者などこやつらと同じ、雑魚にすぎぬものを……」

 柳眉をつりあげ、今しがた命を失ったた帝國陸軍兵士の骸を踏みつける。

(死んだ魔獣にたいして、そのように言うものではありませんよ亜里沙(ありさ)。彼等は彼等なりに立派に役にたってくれたのですから)

 巫女の頭の中で声がした。朗々とした響きを持った声だ。

「お言葉ではありますが孔明様。先日の魔獣どもは目的も果たせずに倒されたのですよ。役にたったとは思えませぬ」

 亜里沙は魔獣を一瞥して、そう言った。

(いえ、十分役にたってくれましたよ。例の物を探すという使命は果たせずに終わりましたが、その代わりに帝國華撃團の存在を教えてくれるきっかけになりました)

 『念話』。俗に言うテレパスの一種である。
 今彼女が行っているのは、念話の中でもかなり高度な術である。
 たとえ相手が遠く離れた場所にいて、位置が特定できなくとも、相手の霊派を知っていれば話ができるものである。
 そのために霊力をかなり消耗するが、念話結界が優れているので第三者に会話がもれる事もまずないだろう。
 少なくとも、並の術者では割り込むどころか探査する事すら不可能だ。

「帝國華撃團……サタンや闇に組した八百万の神々共を倒した帝國の秘密部隊だと聞きおよんでいます…………」

(そうです。十数年前に姿を消してから、その存在が不明になっていました。ですが此度の動きで帝國華撃團がいまだに存在し、その機能が生きていると分かったのですから、彼らの死も無駄ではなかったと言えるでしょう。もしかするとその小娘も華撃團の一員なのかもしれません)

 孔明の口調は、まるで帝國華撃團と吉野に殺された魔獣達に感謝しているかのようだ。
 腹に一物ある者とは思えない言動である。
 その点からして、今までの敵よりも一癖も二癖もあるように感じられる。

「たしかに、そう考えれば魔獣は魔獣なりに役にたったと言えなくもないですね」

 口元に薄笑いを浮かべて、亜里沙は目の前に浮かんでいる物体を触った。

「話は変わりますが孔明様、神田橋の方はどうなっていますか?こちらは万全の体制で事に当たれますが…………」

(その事ですが、あまり芳ばしくありません。作業の途中に帝國陸軍に邪魔されたばかりか、現在は例の帝國華撃團が現れたので、神田橋に向かわせた魔獣はじきに全滅するでしょう)

 そう言い放つ孔明だが、全滅すると言ったわりには、あまり困ったという色が見えない。
 むしろ、予定通りの展開だと言いたげだ。

「ふふふ、そうですか、帝國華撃團が出てきましたか。所詮神田橋は囮をかねたもの。あくまで本命は上野公園の地脈。神田橋に差し向けた魔獣は捨ておけばよろしいのです」

 亜里沙の声も楽しげである。

(囮をかねていたとはいえ魔獣十三体の損失は小さくありませんよ。亜里沙)

「たしかに孔明様のおっしゃる事は分かります……ですが天穿つ矢を手に入れるためのは、多少の犠牲はやむをえません。そのためならば、わたしも孔明様のために喜んで捨て石となりましょう」

 微笑んでいた亜里沙の柳眉があがり、真剣な顔つきになる。それが自分の本心であると告げているようだった。

(その言葉、私はうれしく思いますよ亜里沙。しかしどのような事があろうとも決して死に急ぐ事は許しません。死よりも辛い屈辱を受けても、生きて必ず私の元に帰ってきてください…………たとえ今…その『楔』(くさび)を放棄する事になろうとも)

 孔明がそう言い放つやいなや、亜里沙はその場を飛びのいた。

カンカンカンッ!

 風を切り裂く音と共に、三本の鉄クナイが木に刺さる。

「ふいを突くとは、姑息ですね」

 亜里沙は魔獣を操り周囲に防御陣を敷く。左手には飛びのくと同時に抜きはなった懐剣が握られている。

「くくく、我が飛びクナイをよく避けたな。誉めてやろう」

 低い笑い声を辺りに響かせて現れたのは、痩躯の男である。
 不健康に見える青白い肌がさらにその男を細く見せている。

「それだけの殺気を放っていれば、避けるなど造作もない」

 懐剣を逆手に持ち刀身の峰に手を沿える。短刀を使う古流剣術において、ときおり見る事のできる防御の構えである。

「ふむ、強すぎる殺気というのも困りものだな。いくら隠そうとしても滲みでてしまうものらしい」
「…………貴様、帝國側の人間ではないな…………何者ぞ」

 亜里沙は細心の注意を払いつつ間合いをはかる。

「くくく、天穿つ矢を狙いし者…………それだけ言えば分かるだろう」

 男は懐から大量の紙を取り出し、空に放り投げた。
 風に煽られ散らばった紙が地面に触れるなり、その形を如実に変えていく。小さな鬼の形へと……。

「式神(しきじん)!。……天穿つ矢を狙う者で式神を使いし者……なるほど……貴様、蝦千瞑の手の者か」

 亜里沙の顔に焦りの色が出る。

「その通り。我が名は妙兼!蝦千瞑様の従者。悪いが孔明の巫女よ、その『楔』わたしが貰い受けるぞ」
「ふふふ、わたしの素性を知っているとは、孔明様も有名になったものよ…………ふん、いいでしょう。この『楔』、あなたにさしあげましょう。何の手立てもなく式神使いと事を構える程わたしは愚かではない。それに……孔明様が『楔』を捨ててでも戻れと、おっしゃってくれている………」

 亜里沙は懐剣に印を結びながらゆっくりと後退を始めた。

「そうか、ならば今日はこのまま見逃してやる。無益な戦いは時間の無駄だからな」
「ふふ、なかなか話のわかる人のようですね」
「そうでもない。今日は特別だ。貴様(きさま)の美貌、殺すには惜しい。そう思ったまでよ」

 妙兼はゆっくりと『楔』に歩み寄り、亜里沙に流し目を送る。気色の悪い事この上ない。
 が、亜里沙は表情一つ変えずに、印を組んだ両の手を天にかざす。

「美しいバラには刺があるもの。次に合い見(まみ)える時はわたしの刺に気をつけることですね………式神の妙兼」

 亜里沙が両の手を勢いよく下げたかと思うと、魔獣もろともその姿を消した。

「ほう、空神楽(うつかぐら)……転移の法……、あの若さで周囲の空間もろとも転移しうるとは見事なものだな。次に合うのが楽しみだ。クックックックック」

 懲笑を浮かべ、亜里沙の消えた辺りを見つめていた妙兼は、茶褐色の袖に手を入れ、再び大量の札を取り出した。

「さて、では始めるとするか。『楔』に力を注ぐ儀式……帝都の破壊を」

 妙兼の手が勢いよく上がると、数十という小鬼が、植え付けられた欲望のまま、四方に散っていった。




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