第七話『夢の旅人』後編



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「何故だ!何故生きている!直撃だった、逃げる時間などなかったはずだ!何故だ!」

 ネルソン提督の叫びは、神凪を除く花組全員の驚きでもあった。完全な不意打ち。霊子甲冑を身にまとっているのであればまだしも、生身の身体である。あの爆発で生きていられるハズはない。『人間なのか?』という疑問さえ浮かびあがった。
 しかし神凪一人だけが、さも当り前のように振る舞っている。

「流石ですね先輩。一瞬の間に式神(しき)を使い、敵の背後に身を隠す・・・・。見事な回避方法です」
「式神!」
「いったいどういう事なんだよ隊長」
「ネルソン提督の攻撃を受けたのは、先輩の姿を模した式神なんだよ。先輩は少しも攻撃を受けてはいないんだ」
「式神で自分の身代わりを作って、誤魔化したいうんかいな!。なんちゅう早技や!まるで奇術師やで」

 全員の視線が輪墨に降り注ぐ。
 輪墨はヴィクトリーの動向に注意を払いつつ、ゆっくりと慎重に神凪達の集まる場所へと歩んでいった。スデに魔獣は総倒されている。

「近衛達が戦闘を再開した時、俺は結界を張って警戒していた。そしたら背後からそいつの妖気がゆっくりと出てきたんで、実体化する前に式神(しき)を囮に陰陽術『霞の法』で姿を晦(くらま)まし、安全圏へと避難した。とまぁ、そういう事だ。目には目を、歯には歯を、背後からには背後からって事で、気配を消しつつ後ろから一気に始末してやろうと思ったんだが・・・・」
「・・・隊長に邪魔をされてしまった・・・と?」
「ま、そういうこった」
「すみません・・つい」

 ローズ達は笑っている輪墨に恐怖を感じた。瞬時に敵を察知するなり、己の姿を一時的に術で晦ませ、同時に式神の身代わりを放つ。輪墨はさも簡単そうに語ったが、それがいかに技量のいる事であるか想像を絶した。

「そうか・・・・・・・やはり貴様が全ての元凶であったか・・・貴様がっ!」

 右腕から流れ出す血を妖気で抑えながら、ネルソンは叫んだ。憤怒の形相を浮かべつつ・・・・。

「元凶・・・か。あんたから見たら元凶かもしれんが、こっちにもこっちの事情ってのが有る。あんた達の好きにさせとくワケにもいかなくてな。納得しろとは言わんが、これも因果と諦めてくれ」

 神凪の側に到着した輪墨は、花組内に緊張した雰囲気が漂っているのを感じ取り、微かな笑みを浮かべた。特に吉野の動揺は大きく、戸惑いを隠せずにいた。時間が進むにつれ自分が知っている男『輪墨真』の認識像が音を立てて崩壊していくのだから無理もない。しかし、吉野に限らず花組全員が緊張するのには理由があった。神凪の語っていた『噂の先輩』というのも理由の一つだが、それ以上に輪墨の緊張感の薄い表情の奥に、凄まじいばかりの威圧を感じ取ったからである。『江田島の鬼』・・・・・。吉野は、以前、神凪から『先輩』なる人物を説明された時に耳にした二つ名を思い出す。さっきまで笑いながら語りあっていた輪墨と今の『江田島の鬼』とは、存在力においては雲泥の差である。

「・・・近衛」
「は、はい」
「俺の邪魔をしたんだ、後始末はおまえに任せたぞ」
「それが自分の仕事です。この帝都を守るのが・・・・」

 神凪の言葉に、輪墨は真武の腕を軽く叩いて呟いた。「帝撃の本当の力、示してみせろ」
 輪墨が後方に下がると、神凪は剣を構え、命令を下した。

「シーリス、フローナは先輩を守ってくれ!、周防とローズ、春蘭は後方支援!センカは俺と前衛に、れいか君、吉野君は援護を頼む!」
「了解!」

 神凪の号令とともに戦闘が再開された。それに呼応するかの如く、ヴィクトリーも臨戦体制を取る。

「大きな口をたたくなぁ、若僧がぁ!」

 ネルソンは雄叫びをあげ、左手に装備されている大砲を真武に向け撃ち放った。
 
「くっ!」

 とっさに回避行動を取るが、真武の反応速度より砲の初速が勝ったため、ライフリングがかかった砲弾が肩を掠めた。真武の装甲が、一部吹きとばされる。

「隊長!。てめぇぇぇぇぇ。これでもくらえ、一百林牌!」
「フンッ!その程度の攻撃では、このヴィクトリーは沈みはしない!」

 センカの一撃必殺の技は、胸の部分を陥没させただけで、内部にまで影響を与える事はできなかった。近接戦闘では、ヴィクトリーは、腕に付けられた長い砲を保護する強化装甲が、そのまま近接武器となる。腕を振り強化装甲を剛武にぶつけ吹き飛ばす。神武改の中でも最重量の剛武が10m近く水平に飛んだ。とてつもない力である。

「センカさん!」
「大丈夫か、センカ!」
「ああ、大丈夫だぜ隊長、まだ戦える」
「無理はするなよ」
「あいよ!」

 センカは神凪の言葉に軽く返事をし、再び構えを取る。

「それにしても、なんて力なの!」
「力だけじゃない、装甲もかなりやっかいな代物だぜ。あたいの魂心の一撃が、たいして効いてねぇ」
「まさに戦艦ですわね」

 れいかの感想は的を得ていた。確かにヴィクトリーは名前の由来を示す通り戦艦を思わせる。いや、戦艦の装備を身にまとっていると言った方が適切だろうか。手に備え付けられた二連装の砲、肩や腰には機銃が見える。背中のアンテナは、魔獣を操るための電波を発生させる装置と思われる。
 剛武の二倍以上の巨体はまさに重装甲の戦艦である。

「で、でも、輪墨さんは腕一つを吹き飛ばしましたよ」
「そういえば・・・・あの殿方、いったいどんな攻撃を致しましたの?」

 吉野は視線を後方の輪墨へと向けた。
 輪墨は腕を組んだまま、じっと戦いを見つめている。

「れいか!吉野!射軸から離れて!」

 ローズの声に、反射的に翔武と麗武は、烈武とヴィクトリーを結ぶ直線上から退避する。

「スネグーラチカーーーー!」

 ローズと周防の声が唱和した。この姉弟二人の霊力を合わせた技の威力はマリアのそれを上回る。が、しかし、ヴィクトリーが精霊の氷に包まれたのは一瞬だけであり、圧倒的な力で氷が砕かれ弾き飛ばされた。

「そんな!スネグーラチカが効かないなんて!」
「戦艦の船体は氷塊をも砕く。この程度の氷で囚われるようなヴィクトリーではない!」
「ほな、ウチのカノン砲をお見舞したるわ!ほれほれほれっ!」

 雷武のカノン砲が連続して唸りをあげた。

「ふんっ!効かんと言っている!」
「くぅ、かったいなぁ。なんちゅう頑丈な装甲や。雷武のカノン砲がまったく効きよらん。センカはんやローズはんらの奥の手が通用せんのも分かるわ」

 爆煙の中から現われたのはほとんどダメージの見られないヴィクトリーであった。微かな破損は見られるものの、大きいダメージにはなっていない。現在、花組神武改の中で最大級の攻撃力を誇るのは雷武である。剣など個人技量に頼るところの大きな武器は、装甲と同じくシルシウスにチタニウム合金を融合させた最新金属『シリウス』が採用されより強力になっている。しかし、雷武の武器は、それらの武器の性能を越え、一番物騒な代物なのだ。なにしろ、紅蘭が現役時代に辿りついた武器の発展系をそのまま春蘭は使用しているのである。純粋な破壊力だけを見れば、出発地点からして、吉野やセンカ達よりも前にいるのだ。しかし、それ程強力な武装を持った雷武でさえヴィクトリーに決定打を与える事はできないでいた。センカの必殺技が強力であっても、雷武の力が通用しない相手では必殺技足りえない。魔に組する者の武器もまた技術進歩により強化されているのである。
 さらに言うなれば、今の彼女達が操る神武改には霊子ウエイトが追加され、通常の50%以下に性能が落とされている。幾度も改良、改造された結果、乗り手にも高度な技量が求められてしまう機体になっていたからである。ベテランにしか操縦できない機体は両刃の剣だ。初代花組の解散に伴い、神武改を操れる者がいなくなってしまったのである。
 ようするに、今の彼女達は、装甲が厚く武器だけが強力なちょっと大柄な光武に乗って戦っているようなものなのである。

「ふぅ、なんて無駄の多い攻撃をしてるんだ。・・・・帝撃の技量・・・思っていた程ではないなぁ・・・」

 洩らしたのは渋い顔をした輪墨であった。息をはくような口調でもらした言葉には落胆の色が見えている。それを耳にしたローズは輪墨の態度に不快感を覚えた。しかし、先に輪墨の呟きに反応し、口を開いたのは周防だった。

「・・・かなり辛辣な意見ですね輪墨さん・・・・なるほど、我々の攻撃は現状において魔装機兵に対して大きな被害を与えていません。あなたが言われるように、我々の戦い方に問題があると思われるのも無理ありませんね。・・・そこで質問なのですが、あなたであればどのような戦いをしますか」

 周防は感情を込めない声で輪墨に問いかける。普段からあまり心を表にあらわさない周防の挑戦であった。

「さて、どのような戦い方をするかね・・・まぁ、俺が説明するまでもないさ。そろそろ近衛も気付くだろう。最初に手本を見せてやったんだからな。近衛は隊長としてはまだまだの様だが、一人の戦士としてはそこそこのもんだと思うぞ。・・・いや、もしかしたら俺が魔装機兵の腕を吹き飛ばした時点でスデに気付いていたかもしれんなぁ・・・ただ、躊躇しているだけで・・・」
「・・・・・・躊躇?何故躊躇するのです?」
「成功率が低いからだ。俺のときだって、後から不意打ちでもしなけりゃ、生身のまま成功する戦法じゃぁない。実際、さっきだって本当は両腕両足と背を狙ったんだが、吹き飛ばせたのは腕一本だけだ。いや、もしかしたら近衛が声をかけたからこそ腕一本取れたのかもしれない。たとえ俺が霊子甲冑に乗っていたとしても正面からであれば確率は半分、ましてや近衛の腕なら3割を切るだろう。もっとも、俺ならその方法を使わんでも、倒せる策はいくつかあるがね」

 輪墨は軽く肩をすくめ、笑いながら言った。

 キーーーーンッ

 上段から振り降ろされた剣がヴィクトリーの砲に打ち込まれる。が、大きな音とともに弾かれてしまった。

「何をやってますの吉野さん!そこをおどきなさい!・・・このような鈍重は、足元から・・・はぁっ!」

 麗武の鋭い薙刀がヴィクトリーの左足へと吸い込まれていった。が、吉野の斬撃と同様、固い音とともに弾きかえされた。

「ふっふっふ、効かん、効かんぞぉぉぉぉっ!」
「あ、あら〜〜〜、足元も重装甲ですのね」
「よし!・・・・吉野くん、れいかくん!奴の後方に回って動力部への攻撃に切り変えてくれ!センカはスキを見てそのまま攻撃を続行!」
「神凪さん。いったい何を・・・」
「ここは俺に任せてくれないか?。打開策は分かっていたんだ。今、ようやく糸口が見えたところだ」
「打開策?」
「ああ、この方法ならば奴を倒せる」
「おっほっほっほ、倒し方が分かってらっしゃったなんて、流石わたくしの少尉ですわ。よろしくてよ少尉。わたくしは全て少尉に任せますわ」
「だ、だれがれいかさんのですか!」
「何言ってやがんだ!オメェみたいな女に『わたくしの』呼ばわりされたら隊長は迷惑だぜ」
「なんですって!」
「戦闘中に喧嘩はやめろ!」

 神凪は戦いながら、口喧嘩を始めるセンカ達を叱咤する。

「・・・大丈夫なんですね?神凪さん」
「ああ・・・大丈夫だ!」

 自分に言い聞かせるように大きく返事をする。実際の所、無傷で成功できる確率なんてかなり低いはずだ。肉を斬らせて骨を断つくらいの覚悟が必要だ。と神凪は心を決めていた。

「わかりました!神凪さんの言葉を信じます」

 吉野は確かな声で返事を返すと、ヴィクトリーの後ろへ回りこみ果敢に動力部を攻め始めた。

「雑魚がうろちょろと・・・・」
「へん、アタイ達を雑魚呼ばわりするんなら、隊長を倒してからにしな」
「なら倒してあげようではないか!おぉぉぉぉぉぉぉ」

 瞬間的にネルソンの妖気が高まり、ヴィクトリーの全身から砲やら機銃が現われた。さしずめ銃器の山、あるいは針千本と言った風である。神凪はその銃器の中でも特に巨大な砲門部のみに注意を払った。右手にあった砲は輪墨が腕ごと吹き飛ばしている。今見えるのは左手の巨大な連装砲、両膝につけられた中間砲、そして腹部から突き出た中間連装砲・・・・。「いける!」輪墨の脳裏に勝利の片鱗が浮かびあがった。

「吹き飛べ!。ストーム・ビロウ!」

 身体中から突き出た銃器全てに閃光がほとばしった。『嵐の大波』が周囲に吹き荒れた。

「きゃぁぁぁ」
「くっっっっっ」

 近くにいた翔武と麗武が銃弾に包まれ衝撃で飛ばされた。

「吉野!れいか!」

 後方に待機しているローズ達から叫び声があげる。

「ちょ、ちょっと待ちぃ、ホンマにウチらこんなとこで、じっとしててええんかいな!」
「吉野たちを助けにいこうよぉ」
「・・・動くか・・」

 周防が駆け出そうとすると、輪墨がゆっくりと前に進み出た。

「まぁ待て・・・」
「なっ・・あたなたは仲間の危機を黙って見ていろというのですか!」
「・・姉さん・・・」
「ロ、ローズはん?」
「・・ローズこわいよ・・・」
「・・・・・・・・・こわい」

 ローズはきつい口調で輪墨に言った。非難のまじった言葉に、輪墨はゆっくりとローズだけに視線を向ける。「!」輪墨の目を見た瞬間、ローズの身体が震えだす。まるで、蛇に睨まれた蛙のように。

「・・・装甲の薄いおまえ達が行けばかえって足手まといだ。ここは近衛にまかせておけ。近衛も腹をくくったようだしな・・・」

 言って輪墨は再び前を向いた。

「確かにうちらには分が悪い相手かもしれん。けど、うちは仲間を見捨てる事は・・・・」

 そう言う春蘭に、輪墨は顔を向け微笑んだ。安心しきっている顔である。

「ま、そう心配すんな。おまえ達よりも近衛と付き合いの長い俺が言ってるんだ。大丈夫だって」
「・・・・信じてはるんやね神凪はんを・・・・。よっしゃ、わかった!。うちらより神凪はんをようけ知っとる人がそう言うんや、うちらも神凪はんを信じよーやないか!、なっ、ローズはん?」
「・・・・」
「ローズはん?」
「え?、あ、そ、そうね・・・ここは信じてみる事にしましょう・・・」
「ローズぅ、なんか変だよぉ?大丈夫?」
「大丈夫よシーリス・・なんでもないわ」
「・・・・」

 ローズの異変に気付いたのは周防だけであった。しかし、その周防でさえ、ローズの異変に眉をひそめていた。初めて見たのだ、姉が心の奥底で必死に恐怖を抑えつける姿を。

(輪墨 真・・・なんて冷たい目をしているの・・・・。まるで感情が感じられない、深い闇が支配しているわ・・・・・・・この男はいったい)

 ローズは、恐怖を振り払うかのように輪墨の後ろ姿から目を放しヴィクトリーへと向けた。と、その時だった、強烈な光がヴィクトリーを掠め貫いたのは。爆発音とともに、ヴィクトリーの右足が吹き飛んだ。


「うごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「や、やった!隊長!やったぜ!」
「お見事ですわ、少尉!」
「神凪さん!」

 右舷に倒れ込んだヴィクトリーから少し離れた位置で、背を併せるように低い姿勢で横凪に振り終えた剣先を見つめ、神凪はつぶやいた。
「・・・・天魔調伏・剣府残光」

「おう、近衛の野郎やりやがった。かなり綺麗にキマッたぞ。アレが成功すれば装甲が厚くてもひとたまりもない」
「な、何がおこったんや?」
「・・・良く見えなかったな。この距離からでは無理もないか・・・。ただ、離脱は爆圧を利用したようだったが・・・」
「おにいちゃんすご〜〜い!」
「今のはいったい・・・」

 驚きを隠せない春蘭達に、輪墨は腰に手をあてニンマリと笑った。

「なに、簡単な答えだ。膝の中にある蒸気砲を打ち出すための圧縮機に付加をかけただけだ」

 輪墨の説明に一同は目を見張った。

「わずかな間接のすき間に剣を突き立て、瞬時に強力な霊力を注ぎこみ圧縮機の調整機器を破壊し、圧縮機を暴走させたんだ。暴走から暴発までの微かな時間に離脱を開始。その後はそっちの兄さんが言った通り、爆圧に身をまかせ、安全圏にまで退避した。っと、口では簡単に説明したが、この一連の作業がどれほど難しい事か分かるだろう?」


    



「これまでです。ネルソン提督・・・」

 それは同じ海軍の軍人だからであろうか、伝説の人だからであろうか・・・敬意すら感じ取れる口調で、神凪は敵であるネルソンに対して、勝敗が決した事を告げた。神凪の目の前に右の手足を失ったヴィクトリーが倒れている。右足が吹き飛んだ余波で機銃や腹部に装備されていた砲は曲がり、唯一残された左手の砲も地面につき刺さり撃てる状態でない。もはや戦闘能力を有してはいなかった。

「負けか・・・・そうか、私は負けたか。ふ、ふふふ、ふはははははは、わたしが負けたか!・・・・またもや右手足を失い負けたか・・・・。歴史は繰り返される・・・か・・・ははははははっ」

 残された力を振り絞り、左手の砲を支柱としヴィクトリーを仰向けに返す。ネルソンの目の前には青い空が広がっていた。

「貴様・・・いや、貴公の名を教えてはくれまいか・・・。私の右足を奪った男の名が知りたい・・・」
「・・・帝國華撃團『花組』隊長・・神凪近衛海軍少尉であります!」

 神凪は剣を右に掲げた。敵とはいえ、偉大な提督はやはり提督なのだ。

「そうか・・・・海軍少尉・・神凪近衛か・・・」

 神凪がネルソンと話をしている間に、みんなが集まってきた。その中には輪墨の姿も見える。ヴィクトリーのアイセンサーが輪墨の姿を捉えた。

「私の完敗だ。まさか、わたしの力をこうもあっさりと跳ね返してくれるとはな。正直思ってもみなかったよ・・・」
「そう悲観する事もないだろう。俺が貴方の右手を吹き飛ばせたのも後からフイをついたからだ。生身のまま正面からやりあったら、勝つ自身はない」
「後から命を狙ったのはお互い様だ。わたしが貴公より能力が上であったならば、この戦いわたしが勝利を納めていたであろう。しかし、結果は見てのとおり惨敗だ・・・わたしの能力が貴公より下だったという証だ」
「そっちは一人、こっちは・・・まぁ、出来が良いとは言えないが俺と同じ事のできる男がもう一人いたから勝てたようなもの。二対一の勝利ではどっちの能力が上だったかなんて知りようがない。貴方は強かった提督の名にハジない程に。それもまた真実だ」

 輪墨はヴィクトリー号のスグ傍まで近寄っていった。吉野が思わず輪墨をひきとめようとしたが、神凪がそれを制した。神凪には分かっていたのである。ネルソンに、もう戦う意思のない事に。

「少し質問していいかな?」

 輪墨はヴィクトリーのアイセンサーを見つめ口を開いた。

「質問?仲間の計画については、たとえ拷問を受けようとも答えぬよ」
「承知している。貴方程の男が味方を売るようなマネをするとは思ってない。ただ、貴方の身体・・・・恐らくはその石の面が貴方の本体だと推測するが、どうか?」

 神凪達は輪墨の言葉に驚いた。今回ばかりは神凪も動揺の色が見てとれる。彼等の肉体が石面によって操られているという可能性は米田から聞かされたものであるが、それはダルタニヤンの石面を調べたから推測できた物だった。それを輪墨は敵を一瞥しただけで看破してみせたのである。

「そうであれば、支配している人間の意思はどうなっているのか。それが知りたい」

 輪墨の疑問は、神凪も不安に思っていた事である。もし、仮面を処理する事で、囚われた人間の意思が戻るというのであれば、囚われた人はそのまま敵の人質という事になり、敵との戦いは人質をも攻撃する事になるのだ。かつて鬼王と名乗り操られていた真宮寺一馬のように。神凪達の喉がなった。

「ふふ、それか・・・その程度ならば話しても味方を裏切る事にはなるまい・・・・。確かにわたしはネルソンだ。だが、わたしは同時にこの肉体の男でもあるのだ。我らの面は生前の意思と理想、記憶しか持っておらぬ。メンタリティーは、面を被った人間の個性などに大きく影響され、同時に記憶も共有する事となる。言うなれば精神の同化というべきか・・・」
「なるほど、御霊石・・・いや、貴方がたの言葉では、精霊石・・あるいは賢者の石だったか。とにかくそれらの名で呼ばれる石から作られた面は、相手を支配するのではなく、石の中に封じられていた知識などの情報を相手に与え、その精神部分を変化させる。元の人間でもなく、ネルソンそのものでもない。新しい人格になるか。石の霊力作用で基本人格は石に眠る者が表にでるようだな」
「その通りだ・・・賢者の石について、少しは知っているようだな」
「まあ、専門家ではないんで、それ以上の事はよく知らないが・・・」
「ちょっと、待ってくれよ、それじゃなにか?おめえ達は全て自分の意思であたい達と戦っているってのか?その面に操られているワケじゃなく」
「・・・そのようだな。俺達の敵は仮面であると同時に仮面を被った人間もまた敵であるいう事だ」

 周防はゆっくりと、センカの問いに解答を出した。

「全てがわたしの意思というわけでもない。たった今まで、『主』に術で精神を支配されていたのも事実。今、貴公らに破れた事により、その術も消え、戦う意思も、貴公らに対する憎しみも、もはや消えうせた。だからこそ、こうして話しにも応じられるのだ。もっとも、術をかけられる前から『主』に従う意思が多少ならずともありはしたがな」
「なるほど、石面を被った人間も『ネルソン』になる前は、貴方のいう『主』に少なくとも理想を誓った人間と言う事か。更なる力を得るために石面を使い、その上から『主』が絶対服従の術でもかけた、というところか」
「・・・・そうだ」
「では、このまま貴方にトドメを射しても何の問題もないという事だな」

 輪墨の言葉に一同はギョッとする。

「ちょ、ちょっと待ったりぃな!何も殺す事もないやない。もう、相手は戦う気ぃなんてあらへんのやさかい」
「戦う気はなくてもな・・・・ネルソン提督の身体は生を許してはいないようだ」
「!」

 輪墨の言葉にローズがヴィクトリーを観察する。

「なにこれぇ!、ローズぅ、このお船壊れていっちゃうよ〜」
「お砂みたい・・・・・」

 シーリス達の言う通りであった。ダルタニヤンの時と同じように、ヴィクトリーの表面が、ゆっくりと風化を始めていた。

「ど、どうなってますの!」
「そうか・・・これが普通の人間が妖力を得るための代償という事なのか・・・」
「代償?」
「そうだな、近衛の言うとおりだろう。霊力、妖気と呼ばれるもの多かれ少なかれ誰でも持っているものだが、ここまで大きい力をもし普通の人間が操るとなれば、身体への負担は大きなものになるだろう。ましてや、仮面を被った者の精神には二人分の知識などが入っている。身体への影響は計り知る事はできない。力を使うという事は自分の身体も蝕むという事だ」
「ふふふ、まったく、そこまで見事に言われてしまうと、かえって気分が良いものだな。そうだ、我々は貴公らのように、生を受けた時より大きな力を持っていたのではない。術によって力を引き出しているに過ぎない。特に妖気というのはやっかいなもののようだ。生命が終りに近づけば、その身体は急速に崩壊し塵と消える運命。力を手にいれても数年が限界だ・・・たとえ、今日、貴公らに勝っていたとしても、力を使いすぎたわたしは数ヵ月生きていられたかどうか・・・」

 運命を受け入れる覚悟のできている男のはっきりとした言葉に、吉野達は声をつまらせた。神武改のハッチが開き、皆が降りてくる。

「あなたは・・・あなたはそれで満足だったんですか!」

 誰よりも真っ先に降り、輪墨のかたわらに立った吉野は、目を潤ませながら叫んだ・・・。

「泣いて・・・くれるのか・・・・敵であるわたしのために・・・」

 ネルソンは、吉野の目に浮かぶ物を見つめ呆然と呟いた。いや、吉野だけではなく、センカも鼻をぐずらせ、シーリス達も悲しそうな表情をしている。

「なんだが、・・・おじちゃん可愛そう・・・」
「可愛そうか・・・・ふふふ、まさか哀れみを受ける事になろうとは思ってもいなかった・・・ああ、悪くない気分だ。久しく忘れていたよ、人の温もりを・・・。満足か・・・・今の気持ちがそうだというのなら、満足なのだろう」
「・・・・・」
「ネルソン提督・・・・最後に答えてくれないか?貴方達の目的は、貴方がそこまでする価値のあるものなのか?」

 輪墨はゆっくり、はっきりと尋ねた。

「さあな、価値観は人各々だ。だが、我らの多くは、我らの理想に夢を託している。たとえ、貴公らの賛同を得なくとも、それはそれで構わない。わたしはわたしなりに正しいと思う理想に向けてやれるトコまではやったのだ。後悔はない」
「そうか・・・」

 ヴィクトリー号のほとんどが砂と化し、中からネルソン提督が現われた。その皮膚は石のように硬質化し全体に細かいヒビが走っている。もう、助からない事も、数分ともたないであろう事も誰の目にも明らかであった。

「ネルソン提督・・・・サー・ホレイショ・ネルソン。こんな形だが、貴方と言葉を交せた事をうれしく思うよ」

 輪墨は崩れはじめたネルソンの傍に腰を落とした。 

「ふふ、貴公のような男にそう言って貰えるとはな・・・・そういえば、貴公の名は聞いていなかったな。もし良ければ、聞かせてくれないか」
「ああ、いいとも。俺の名は元帝國華撃團「花組」隊長候補生、陸軍大尉、輪墨真・・・。もっとも、今は軍をやめて久しいがな」
「そうか、貴公があの・・・。風の噂で聞いた事はある。あまりにも強すぎた男が帝國海軍をやめたと・・・理由までは知らないが・・・。そうか・・・負けたとしても不思議ではなかったか・・・・いや、貴公らと戦えた事はわたしにとって幸せだったのかもしれんな」

 ネルソンは崩れ続ける頬を上げ、微かに笑った。

「ネルソン提督、あなたの骸は海へと帰す事にするが、よろしいか?」
「礼を言う・・・・」

 その言葉が、サー・ホレイショ・ネルソン提督と、その身体の持ち主であった名もしれぬ男の最後の言葉となった。

「・・・・終ったな」
「ええ・・・・」
「・・・・なんだか、また悲しい戦いでしたね」
「・・・ああ、きっとこのおっさんも、一生賢明だったんだろうな・・」

 暗く沈む花組に喝を入れたのはれいかと春蘭であった。

「ああ、陰気臭いですわね!たまりませんわ!」
「そやで〜、相手に同情する気持ちはわかるけど、だからこそウチらは陽気にいかなあかんのや。ダルタニヤンの時に言うたやない!もっと、帝都を守った事を喜ばなあかんて」

 れいかも春蘭もネルソンの事をなんとも思っていないのではない。吉野や神凪達と同じく、胸打つものはあるのだ。

「そうだな。そこの美しいお嬢さん方の言うとおりだ、もっと自分のした事に胸はろうや近衛!」

 輪墨は思いっきり神凪の背中を叩いた。神凪は息をつまらせ、大きな責をする。

「あら、少尉の御先輩は正直ですのね。初めまして、私少尉とお付き合いさせて頂いております神崎れいかと申します」
「なっ!れいかさん!いつ、れいかさんが神凪さんと付き合う事になったんですか!」
「そ、そうだぜ!デタラメを言うのもいい加減にしろよ」
「お兄ちゃんはシーリスの恋人なんだからね!」
「・・・・・あ、あたしのお兄ちゃん・・・・」

 ローズと春蘭を除く乙女達の間に火花がともる。

「・・・・近衛・・・おまえ、相変わらずモテとるな」

 輪墨は神凪の耳もとだ囁いた。

「そ、それは・・・・っと、そんな事より、今まで何処で何をしていたのかハッキリと聞かせてもらいましょうか!先輩!」
「う・・うむ・・・・ま、まぁ、そう慌てるな近衛。もう一人の客人(ゲスト)が着いたら話してやるって」
「ゲスト?」

 輪墨の声に神凪はいぶかしんだ。

「そうだ。ほれ、向こうの空を見ろ、ゲストが来たようだぞ」
「な!、あれは」
「円風?」

 輪墨が指差した空から、ゆっくりと飛んでくるのは特殊高機動旋回航空機「円風」であった。口喧嘩に花を割かせていた吉野達も、あっけに取られた顔で円風を見つめていた。



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