第七話『夢の旅人』後編



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「輪墨が現われただと!」

 帝撃地下指令室にいた米田は、神凪の先輩『輪墨 真』出現の報に、戸惑いを隠せずにいた。

「あいつが・・・・・輪墨が・・・・ついに帰ってきたのか・・・・」
『いかが致しましょう米田指令。戦闘終了にともない強制的に・・・・』
「無理だ!。あいつを強制的にどうこうするなんて不可能だ。いや、可能だとしても、どれだけの被害がでる事になるか・・・・」
『・・・・・・』

 米田は目線を落し、沈黙した。

「よし、俺が輪墨のもとに出向く」
『し、司令自ら!本気ですか?』
「ああ、あいつの真意を聞きたい・・・・何のために戻ってきたのか・・・・」
『・・・・わかりました。円風の準備をさせておきます』
「すまんな・・・・年寄りのわがままを・・・・」
『司令・・・・』

 あざみには米田の気持ちが痛い程分かっていた。真実を知っている者だけが受ける心の痛み。輪墨と神凪の関係、そして輪墨と米田との関係・・・・・。

「俺は輪墨と話をしなきゃいけねぇんだ・・・。それが俺にかせられた罪だ・・・・」
「・・・・・・」

 決意をあらわにした男の顔がそこにあった。米田に逃げる事は許されていなかった。輪墨と会うのは義務なのだ。輪墨の過去を知る者として、軍人として、そして・・・・・二人を出合わせた者として。


    



「久しぶりだな近衛・・・・・・元気だったか?」
「元気だったか・・・ですって?。・・・・・・いったい・・・いったい今の今まで何処で何をしていたんですか!みんながどれだけ心配したと思ってるんです!」
「そう怒るな近衛、俺にも色々と思うトコロがあってなぁ・・・・」
「・・・・・」

 吉野達の元に集まった花組が、最初に聞いたのは神凪の怒声であった。『先輩と後輩の懐かしの再会』を期待していた者が大半だっただけに、花組の面々は困惑の色を見せる。

「まぁ、言いたい事は山程あるだろうが、とりあえず、周囲の敵を片付けてからにしたらどうだ?。それがおまえの務めだろう。違うか?」
「わかりました・・・・でも、後でじっくりと理由を話してもらいます」
「ああ、わかった」

 神凪は心を落ち着かせるよう自分に言い聞かせ、視線を吉野に向けた。いつもと変わらない吉野の姿だが、少し心配そうな顔をしている。輪墨とのやりとりに気を揉んでいるのだろう。気が付くと他の隊員にも微かな動揺の色が見える。
(だめだな俺は・・・。みんなに心配をかけてしまった・・・・。でも・・・・)

「・・・・吉野くん」
「は、はい」
「どういういきさつで先輩と一緒だったのかは分からないけど・・・・とにかく無事でよかった・・・・」
「神凪さん・・・・」
「おいおい二人とも、そういう事も戦闘の後にしろ」
  
 二人の世界に入りそうになるのを察知した輪墨は、呆れ顔でそれを阻止した。輪墨と吉野、神凪以外の者は周囲に群がる魔獣を牽制しているのである。隊長として、まだまだ精進が足りない。

「まったくですわ!」
「・・・少尉、現状を把握してくれなければ戦力に影響が出ます」
「まったくだぜ」
「神凪隊長、闘う気が無いのなら下がっていてください。足手まといです」
「あ〜あ、やる気なくしてしまいそうやなぁ」
「お兄ちゃん怒られてるぅぅ、なさけな〜〜い」
「なさけな〜〜い」

 嫉妬の混じった女の言葉は怖い。れいかなどは魔獣にやつあたりをしているのが目に見えて分かる。

「そ、そんなつもりじゃ・・・・。よ、吉野くん。翔武の準備はできている。闘えるかい?」
「わたしは大丈夫です・・・でも輪墨さんが・・・・」
「俺なら心配はいらないよ。霊子甲冑がなくともノロケ顔の近衛よりはマシだと思うぞ」

 輪墨の言葉にセンカ達が苦笑をもらす。

「ノ、ノロケって・・・・・それはないですよ先輩・・」

 戦列に戻った神凪は、剣を振るいながらもささやかに抗議する。少々神凪の攻撃力が落ちているように思えるのは気のせいではないだろう。動揺は行動に反映されるものである。

「この程度の相手に、苦戦するような指揮をしてる奴の言い訳は知らんな」

 輪墨は真武の背中を見やり腕を組みつつ言い放つ。  

「相手の動きに注意しろ近衛。一見バラバラに見える動きの中に規則性があるぞ」
「え!」
「・・・・・・敵の攻撃は正確なヒットアンドウェイ。動きに無駄がない・・・・統制された動き」

 最初に気がついたのは周防であった。つねに冷静な判断力という点では周防の方が上のようだ。

「・・・動きか・・・・春蘭!奴等の動きを計算してくれ」
「わかった、ちょい待ってや」

 雷武は他の霊子甲冑と違い、砲の角度や誘導弾を導く計算を瞬時に行わなければならないため、特殊な演算機が搭載されている。神武改の中では最高速の蒸気演算機である。唯一の難点は重くなる事だ。

「頼むぜ春蘭!いくらあたいでも、いつまでもこの数は捌ききれねぇ。ヨッ!ハァッ!」
「雑魚も集まれば面倒だと初めて知りましたわ。はぁぁぁっ!」

 センカの拳が大地を割り、れいかの薙刀が風を斬った。

「よしの〜。翔武持ってきたよぉ〜」

 突然、陽武・甲と陽武・乙の間に翔武があらわれ、中からフローナが飛び出してきた。
 敵との交戦距離が短いため、テレポート能力を持つフローナが翔鯨丸から翔武を転送してきたのである。

「さてと、これで花組全員がそろったわけだ・・・・。近衛、おまえ達「花組」の手並を見せてもらおうか」
「・・・見てて下さい先輩。これからが花組の本当の力です」
「がんばりましょう神凪さん!」
「よっしゃぁ!計算できたで!」

 計算の結果を見て神凪は唸った。画面上に現われた図では、個々の動きはいくつか限られた数の周回軌道をとっているだけなのである。しかし、いくつかの異なる周回軌道が重なる事により、一見秩序ない出鱈目な動きとして錯覚されるよう、配置されていたのだ。

「まさか、これほどまでに緻密な動きをしていたなんて・・・・・・まてよ・・・・もしかしたら!」
「何かわかったんか?神凪はん」
「一番大きな軌跡を描いている魔獣にあわせ二体続けて動けば、後続の神武がもっとも有利な位置につく事ができるんじゃないか?」
「流れに逆らわずして相手を叩く。流水の陣ですわね」
「流水の陣だかなんだか知らねぇけど、戦い方が見えたのなら、さっそくためしてみようぜ隊長!」

 神凪はセンカの声に大きくうなづいた。

「よし!まず防御力の強い俺とセンカが突入する。統制が乱れ始めたら吉野くんとれいかくんで中央を崩してくれ。周防、ローズ、春欄は後方から動きの止まった魔獣を掃討!シーリスとフローナはできるだけ敵の少ない場所で動きまわってくれ。無理はしないでいい」
「了解!」
(しばらく会わないうちに、けっこう成長したようだな・・・・近衛)

「行くぞぉっ!」
 
 雄叫びを上げながら神凪が切り込み、続いてセンカが後を追う。作戦通りに一つの魔獣に目をつけ、牽制しながら同じ軌道を走り始める。真武と擦れ違う魔獣はそのまま真武を追い、後ろから攻撃をしかけようとする。少し離れて続く剛武は死角となり気が付いていない。結果、剛武に無防備な背を向ける事になる。

「思ったとおりだセンカ、俺のうしろを攻撃してくる魔獣を頼む!」
「あいよ!・・・へへ、なんだよこいつら、隊長に気をとられて、あたいの動きが見えてないじゃねぇか。楽勝だな・・・もらったぁ!」

 決められた行動パターンで動いていた魔獣達に動揺が走る。動けば動くだけセンカに好位置を取られ剛拳の餌食となっていく。この戦法では剛武も後ろを取られる事になるが、剛武の装甲を考えれば充分に持ちこたえる事ができよう。次第に動きに乱れが生じ統制が崩れはじめた。

「むぅ、奴等、魔獣の動きを見破ったか!。奴等の中にわたしと同等の知略を持つ者がいると言うのか・・・・・・・。あの男・・・・そうだ、あの男が来てから私の計算が狂いはじめた。奴が元凶か」

 後方から帝國華撃團の動きを見ていたネルソン提督は、崩れ始めた魔獣の群れを見つめ唇を噛んだ。絶対の自信を持ち挑んだ戦いが、いとも簡単に崩されたのだ。ネルソン提督の怒りは、計算の狂う原因となった輪墨に向けられた。

「今だ、吉野くん!れいかくん!」
「破邪剣征桜花放神」
「神崎風塵流胡蝶の舞!」

 吉野が作った道にれいかが飛び込み、魔獣の密集地帯で必殺技をくりだす。今の帝國華撃團における必勝戦術である。

「よっしゃぁ、敵の動きがバラバラになってきたでぇ!ほいっ!」
「スネグーーーラチカァーーー」
「エーーイッ」
「ヤァッ!」

 ローズ達の攻撃により、動きの鈍った魔獣が次々に倒れていく。フローナがテレポートで混乱した魔獣をさらに撹乱し、シーリスの繰り出す念動力が乱れた波紋をさらに大きくしていく。

「・・・勝負あったな」

 輪墨は一人、最後方で腕を組み笑みを浮かべ勝利を確信した・・・・が、その笑みを破るかのごとく、突如、輪墨の背後に闇が現われた。

「それはどうかな・・・・・・」
「なにっ!」

 振り返る間も無く、輪墨の背後で爆発が起こった。

「先輩!」
「輪墨さん!」

 輪墨がいた場所は炎と煙に包まれた。およそ10m四方が巨大な炎に彩られ、中から巨大な影が姿を表わした。白い悪魔『ヴィクトリー』。百年前、ネルソン提督が最後に乗った船の名を冠する魔装機兵であった。

「貴様ネルソン!いつの間に!」
「ふっふっふ、油断大敵だな帝國華撃團の諸君」
「いやぁぁぁぁぁ。おじちゃんがぁぁぁぁ」
「落ち着くんだシーリス、フローナ!」
「神凪さん!輪墨さんが!輪墨さんが!・・・・」
「吉野くんも取り乱すんじゃない!」

 輪墨が爆炎に飲み込まれたというのに、神凪はやけに冷静であった。いや、内心、笑うのを必死でこらえていた。

「神凪はん、影や!魔装機兵の、自分自信の影から現われよったんや!うちの雷武がしっかりと記録しとる。間違いないで!」
「影!」
「・・・・なるほど妖気を出す影に消える術か・・・・影に入り屍の間をすり抜け移動する・・・・・・・・確かに大量の魔獣を使うには都合が良い・・・死んだ魔獣の妖気がカモフラージュになるからな」

 周防の説明に、ネルソン提督は不気味な笑みを浮かべた。

「ほぅ、仲間が一人殺されたというのに冷静な判断力。そうか、魔獣の動きを見破ったのはおまえだったか。今殺したクズが見破った物のだと思っていたが。そうか、わたしの勘違いであったか、あーっはっはっはっはっはっ・・・」
「・・・・クズですってっ!」
「なんやてぇ、何いうとんねんこのど阿呆がぁ」
「てめぇ!ぶち殺してやる!」
「まぁ、待てみんな。冷静になるんだ」

 怒りに沸き立つ花組を神凪が静める。

「冷静になれですって!よく平気でいられますわね!少尉は憎くありませんの!」
「憎い?何故俺が奴を憎まなければならないんだい?」
「た、隊長!何言ってんだよ!隊長の先輩が殺られたんだぜ!」

 センカ達の言葉に神凪は意地の悪い笑みを浮かべる。

「先輩がいつ死んだって?。タチの悪い冗談はやめてくれよ」
「た・・・隊長?」

 神凪の言葉が周囲に動揺を誘う。 

「ふぅ・・・先輩!『かくれんぼ』はそれくらいにして出てきて下さいよ」
「・・・え!」
「!」
「か、かくれんぼぉ?」
「き、貴様、何を言って・・・・!」

 ネルソン提督が一歩前に出ようと歩を進めた直後、殺気がネルソン提督の肌をかすめた。反射的にその場を跳びのくが、殺気を完全に避け切る事はできなかった。ヴィクトリーの右手が吹き飛んだのである。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ネルソン提督の叫びが周囲に響きわたる。

「おいおい近衛、鬼に密告するはルール規定違反だぞ。罰金ものだ。おかげで仕留め損なったじゃないか」

 右上腕部を左手で抑えもがく魔装機兵『ヴィクトリー』の後方から声がした。ふいに巻き起こった強力な竜巻が燃え盛る炎を退け、その中央に人影が見えた。

「輪墨さん!」

 輪墨は、吉野の声に笑みを浮かべ応えた。
 吉野は銀縁の丸眼鏡の奥の目に、強大な力が宿っているのをかいま見た気がした。


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