第七話『夢の旅人』後編



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「うーむ・・・とんでもない事になってしまったな・・・吉野ちゃん」
「・・・そ、そうですね」

 吉野達が国府台に続く土手を進み、里見公園へと足を踏み入れる直前、それは現われた。魔獣の集団である。赤茶けた体毛は薄汚れており、犬を思わせる面がまえは醜悪きわまりないものであった。ダルタニヤンが操っていた、リグドゴーレムに近い印象を受ける。しかし、目の前にいる魔獣はあきらかにリグドゴーレムとは異なものであった。それは、目の前に現われた魔獣に生命の躍動感が感じられるからである。まるで上野で戦った漆黒の魔獣のような雰囲気さえ漂わせている。この魔獣には生命があるのだ。この魔獣はリグドゴーレム、上野の魔獣と何らかの関係があるのだろうか・・・・

(まさか、こんな所に魔獣が現われるなんて・・・・・。)

 魔獣が現われたとき、吉野は輪墨の手を取り近くの茂みに身を潜めた。魔物との距離はそう遠くない距離である。逃げ出すのはかえって危険だと吉野は判断したのだ。輪墨の身を安じた上での選択である。
 上野で、危うく二人の子供を殺しかけてしまった事が、吉野の心に深く刻まれている。あの時、もし魔獣が子供たちの命を弄ぶような行動をとっていなければ、確実に子供たちの命は消えていたであろう。普段なら命を弄ぶ者に対しては、心の底から怒りを覚えるのだが、あの時ばかりは、漆黒の魔獣が命を弄ぶ者であって助かったと思ったものだ。

「まいった・・・どうしようか吉野ちゃん。一気に逃げるかい?」
「いえ、今逃げるのはかえって危険です。待ちましょう・・・・」
「待つ?待つって何を?」
「帝都を守ってくれる・・・・帝國華撃團」

 吉野は、はっきりとした口調で言った。必ず来てくれるという確信があるからだ。

「そうか、帝國華撃團か!彼等ならあの化け物達と戦える。いや、彼等は化け物から私達を護るために戦ってくれているんだ。待っていたらきっと来る!」
「そうですよ。帝國華撃團は必ず来てくれますよ。そして、わたし達を・・輪墨さんを護ってくれます!」

 帝都にきて初めて親切にしてもらった人、輪墨真。帝劇の人間以外で心を許せた相手。吉野は心の底から護りたいと思った。

「おや?、と言ってる間に。ほら、向こうの空・・・」
「翔鯨丸!」
「・・・・帝國華撃團所属、高速武装飛行艇翔鯨丸か・・たしか今の機体は三代目にあたるんだったな」
「よく、御存じですね・・・・」
「ははは、吉野ちゃんこそ、スグに名前が出てきたじゃない」
「え?、あ、あの・・・・その・・・」

 輪墨の目を見た吉野は、その双望に何もかも見透かされているような錯覚に襲われた。優しそうな目の奥には透き通った闇が見える。何もかもがその中では意味のない物になってしまうのではないか。自分の心さえも・・・・。

「どうかしたのかい?」
「い、いえ・・・なんでもありません」
「おかしな娘だ・・・。おっと、そろそろ出てくる頃かな?帝國歌劇團の主力、霊子甲冑『神武・改』が・・・・」
(!帝撃についてかなりの事を知っているわ・・・この人はいったい・・・・)

 横に座る男がいかなる人物であるのか、吉野は薄々と気が付きはじめていた。頭でなく身体が、己の霊力が、そして吉野の中に流れる血が感じ取っているのだ。輪墨真の本当の姿を。

『帝國華撃團・・・参上!』

 吉野達が潜む位置より、かなり離れた場所に神武改は降り立った。魔獣よりやや遠い。

(みんな・・・)

 吉野は迷っていた。今スグに出ていき共に戦うべきか、戦闘が終わるのまでこのまま待つべきなのか。共に戦うとなれば神凪達の戦力は上がり危険が少なくなるだろう。しかし今、吉野が出ていけば輪墨に正体がバレてしまう上、一人になった輪墨の安全が保証されなくなる。吉野が迷っている間に戦闘が始まってしまった。吉野の瞳に魔獣にいどむ神凪の姿が映る、センカの回し蹴りの軌跡、春蘭操る雷武のカノン砲からふきでる蒸気、全てが身近に感じられ、遠くに感じられた。

「どうやら苦戦を強いられているようだな・・・数に差がありすぎるのか?。白い奴の動きも鈍い・・・・どう思う?吉野ちゃ・・・・・」
「・・・・・」

 吉野は輪墨の言葉を聞いてはいなかった。両手を胸の前で握りしめ、目の前に繰り広げられる光景を見つめている。胸が締めつけられる思いで答えを探しているのだ。

「ふふふ・・・・クックックッ」

 突然、輪墨が笑いだした。含み笑いから、こらえ切れないような笑い。何かを楽しんでいる。吉野は、この雰囲気に合わない輪墨の笑い声に反応した。

「・・・輪墨さん?」
「いや、笑ってすまなかった。なんだか思案してる吉野ちゃんの顔が妙に可愛くてね」
「な・・・・こ、こんな時に何を言うんですか。もう」
「ふふっ、面白い程感情が素直にでる娘(こ)だな、吉野ちゃんは。・・・・・・行けばいいよ・・・戦いの場に・・・吉野ちゃんの仲間の元に」

 吉野は狼狽した。突然の言葉に、どう反応して良いかわからなかった。いや、輪墨が何を言わんとしているのかスグには理解できなかった。 

「な、なにを言ってるんですか!戦うとか・・・仲間とか・・・わ、わたしは・・・・」
「今日は桜色の神武・改は出て来ないねぇ・・・・まぁ、当然か。桜色の神武・改『翔武』を操る人間がわたしの横にいるのだから・・・」
「!」
「・・・裏の北辰一刀流には、密集した敵に対してかなり有効な技がある。・・・破邪剣征桜花放神。・・・そうだろ?帝國華撃團『花組』隊員、真宮寺吉野」

 二人の間に目に見えぬ緊張と稲妻が駆け巡った。


    



「帝國歌劇團・参上!」
「現われたな帝國歌劇團。待っていたぞ」

 神凪達花組を待ち受けたのは、黒いマントをまとった男だった。大型の白い魔装機兵の上で腕組をしている。その仮面は白石のダルタニヤンと同じ形をしており、ダークブラウンの表面が鈍く光りを反射している。体を覆うマントには金の刺繍が施され、その風貌からは威厳すら感じられた。

「待っていた?いったいどういう事だ!」
「何、君たちと戦うために出向いてきたのだよ。同志が行動しやすいようにな」

 男は顎をひき、上目づかいに花組を見る。マイヤーの予想どおり、狙いは花組にあったようだ。

「やはり陽動だったのか!」
「ほっほぅ。わたしが陽動だとよく気がついたものだ。褒めてあげよう・・・・しかし、陽動だと予測しておきながら、ノコノコやってくるとは、思ったよりも愚か者の集まりのようだな。ん〜?」
「・・んだとぉ、てめぇ、もういっぺん言ってみろ!」
「落ち着け!怒りに身をまかせたら敵の思うつぼだ!」

 周防が頭に血が昇るセンカを止めに入った。

「たとえ陽動だとしても、俺達には人々を守るという使命がある」
「そうや!あんたらみたいな連中に好き勝手はさせへんで!」
「ふむ、元気の良い若者達だ。その意気込みに敬意を表し、偉大なる神の名のもとに、このネルソンが君達に罰をあたえてあげよう」

 ネルソンは大きくマントを翻した、マントの下には黒いイギリス海軍提督の正装が現われた。胸に4つの勲章が付けられている。

「ネルソンだって!まさか!」

 神凪はネルソンという名前に驚声を発した。マントの下から現れた服に目をみはる。写真で見た事のあるイギリス海軍提督の正装。

「知ってるのか、隊長」
「ネルソンの名は海軍士官であれば知らない者はいない!サー・ホレイショ・ネルソン!。100年以上前のイギリスで、最強をほこった提督だ!」
「なんやてぇ!」
「ほっほぉ、まさか、このような東洋の地において、わたしの名を知る者がいたとは驚きだ。いかにも・・・私がサー・ホレイショ・ネルソンだ。もっとも、今の姿は借り物ではあるがな」

 神凪達は米田の言葉を思い出していた。王魁峰の正体は、現世に蘇った英雄である可能性が高いという。いかなる手段をつかったか定かではないが、敵の本体は過去の英雄の記憶か、あるいは思念を封じ込めた仮面だというのだ。肉体は「英雄が生きていた頃の体型に近い人間を用意したのだろう」というのが米田の推測である。器となる人間が、今どういう状況にあるのか分かるないが、仮面が器となった人間を支配しているというのは、まず間違いないだろう。過去における帝撃と魔との大戦においても、真宮寺吉野の祖父、つまり真宮寺さくらの父である真宮寺一馬が鬼の面に操られていたという事実もある。より大きな意思があれば、たとえそれが面であれ容易に人の心を支配できるというのだ。

「・・・米田長官の予想どおりだな。歴戦上の英雄思が敵・・・苦戦は覚悟しなければならないな隊長」
「たとえ誰が相手であろいうとも勝たなければいけない・・・・みんな、いくぞ!」
「了解!」

 神凪の号令であらかじめ決めていた作戦行動を開始する。相手が神凪と同じ海軍のしかも元提督が相手だ、戦略的に事前に決めていた作戦が通じるかどうか微妙なところだ。しかし迷っているヒマはない。花組の戦い方を分析する時間を、ネルソン提督に与えては不利になるからだ。ただ、神凪にとっての救いは、戦場が海の上ではなく陸の上だという事であった。たとえ、イギリスの英雄ネルソン提督が相手であっても、その手腕も多少なりと鈍るであろう。陸戦おいては神凪の方が一日の長がある。

「帝國華撃團よ、まずはお手並拝見といこうか・・・・。私の望みしものは単の勝利ではない、殲滅である。行け魔獣よ!」

 ネルソン提督は右手を上げ魔獣に号令をかけると、魔装機兵に乗り込んだ。

「我が愛機ヴィクトリー、出撃!」

 白い魔装機兵の顔に赤い光が灯った。


    




「どうしてそれを・・・・あ、あなたはいったい?」
「さて、どうしてかな・・・・・」

 吉野は腰を微かにあげ、懐刀に手を延ばし身構えた。何故、桜花放神の技をしっているのか・・・・・・。何故、自分が帝國華撃團の隊員であると知ってるのか・・・・。敵か・・・味方か・・・。

「しっかし何やってんだ近衛の野郎は。まったくだらしない」

 輪墨は吉野の行動を気に止めず、正面を向いたまま一人ごちた。少し荒々しい口調だ。今まで話していた人物とは思えない。これが彼の本性なのだろうか、いや、どちらも輪墨真なのだ。穏やかな口調、荒々しい口調、それらを同時に内包した人間。それが今、吉野の目の前にいる男なのである。

「あ・・・あの阿呆。なんて無駄な攻撃だ。・・・・俺はあんな戦い方を教えた覚えはないぞ」
「!・・・・え・・・・・戦い方を教えた?神凪さんに?」

 輪墨は横目で吉野を見ながら口元に微笑を浮かべる。そして、やおら立ち上がり表情を一転させ、神凪の駆る真武に向かって叫んだ。

「こぉらぁぁぁぁぁぁ近衛ぇぇぇぇぇぇ!何やっとんじゃぁぁぁぁぁ!もっとしっかり戦わんかぁぁぁぁぁぁ」

 輪墨の怒声が戦場を駆け抜ける。戦場にいた誰もが、叫び声のあがった場所に視線を向けた。ネルソン提督は突然あらわれた人間の登場に眉をひそめ、ローズ達も戸惑い、どう反応してよいかわからなかった。この中で一番頭がスッキリしていたのは輪墨だけであった。

「ま、まさかそんな・・・・・・・・これは夢か」

 輪墨の姿を視界の中にとらえるなり神凪の手足が震えだす。ここに居るはずの無い人。居て欲しかった人。怒り、悲しみ、喜び、恐れ、戸惑い・・・・・様々な感情が神凪の中を駆け巡る。
そして、輪墨のかたわらに立つ少女に視線が移る。

「よ・・・吉野くん!・・何故、吉野くんが・・・・」

 真武の足が無意識に輪墨達の方に進み出た。

「うしろだ、隊長ぉ!」

 突然、センカの声が耳を刺激した。魔獣の一体が、一瞬の隙をつき真武に襲い掛かってきたのだ。

ギシャァァァァァァ

「!」
「神凪隊長!」
「少尉!」
「お兄ちゃん!」

シュンッ

 風を切る音がしたかと思うと、魔獣が崩れ落ちた。
 振り向きざまに反射神経だけで神凪が斬ったのである。驚異的な速さで繰くり出された剣が魔獣を一刀両断にしたのだ。神凪は自分が何をしたのか理解できないでいた。我にかえった視線の先には、魔獣の死体と振り降ろされた真武の刀『神武安綱』がある。

「お・・・・俺が斬ったのか・・・」

 神凪は、己が尋常でない速さの技を繰り出した事が信じられなかった。身体が魔に反応したのだろうか・・・・いや、輪墨がいたからなのかもしれない・・・・・・。

「あの男・・・なんというすさまじい力だ!先程までの戦闘能力とは比較にならない・・・何故だ。・・・・まさか、向こうに現われた男が原因か・・・あの男の言葉で本来の力を発揮したのか・・・・」

 ネルソン提督は、輪墨の言葉が神凪の力を引き出したと判断した。叱咤激励で本来の能力を発揮するのは珍しい事ではない。事実、花組の隊員にしても、隊長への信頼度、或は好感度によってその力を120%発揮している場合がある。この瞬間、ネルソン提督は輪墨を危険人物だと断定した。

「すげぇ」

 斬撃の瞬間を横目で見ていたセンカが驚嘆の声を上げる。
 ローズは息をのみ、れいかや春蘭は目を見開き、シーリスとフローナは「お兄ちゃんスゴイ」を連呼した。
 神凪の放った一撃は、今まで戦って来た中で最も鋭く、速かった。

「速い・・・なんて速さなの・・・あの真武・・本当に神凪さん?」
「まったく、やればできるじゃないか。もっと早くその剣技を見せろってんだ。あの阿呆が・・・・」

 輪墨はやれやれといった表情をまじえながら笑った。

「輪墨さん・・・あなたは一体何者なんですか?」
「さて、何者なんだろうね。まっ、少なくとも敵ではないと思うよ。っと、こっちにも目をつけられたようだな」
「はっ!魔獣!」

 大声を出した事により、あらたな標的と認識されたのだ。六体の魔獣が疾走してきた。

「ここはわたしが引き受けます!輪墨さんは逃げてください!」

 帝國華撃團の一員としての判断であろうか、とっさに懐刀を取り出した吉野は、輪墨の前に飛び出し、迫りくる魔獣を見据えた。

グファァァァァァァ

 残り10m程の場所で魔獣は制止した。輪墨や吉野の力を警戒しているのであろう。敵に慎重にこられると、流石の吉野も懐刀一本ではかなり厳しい戦いをしいられる。

「この距離ならまだ私がオトリになれます!逃げてください!早く!」

 吉野は輪墨の逃げる時間を稼ぐため、魔獣の群れに飛びかかろうと身構える。
(ほぅ、あいつにそっくりな性格だな・・・・・)
 勢いをつけ前に出ようとした吉野だったが、突然、肩を掴まれて動きを止められてしまった。輪墨が吉野の横を抜け、前に進み出たのである。

「わ、輪墨さん!危険です下がって下さい!」
「まぁ、待て、吉野ちゃん。この場は俺にまかせるんだ」
「えっ!・・・まかせる?じょ、冗談は・・・・」
「魔獣に背を見せるようじゃ神凪に合わせる顔がない。奴を鍛えた者としては・・・・ね」

 輪墨は横目で吉野を見やり、口元に笑みを浮かべた。

「神凪さんを鍛えた?・・・・ま、まさかあなたは・・・・」

 吉野が輪墨に気をとられた瞬間スキが生まれた。魔獣の一体が飛びだした。 

「た、隊長!魔獣が吉野達に!」
「くっ!ここからでは吉野達に当たってしまうわ!」

 吉野達の方向に魔獣が向かった時、とっさに反応したのはセンカとローズであった。立ち塞がる魔獣を倒し吉野達の元へ駆けつけようとしたが、数に押されて思うように進めない。

「少尉!このままでは吉野さん達が!」
「慌てるんじゃない!あの程度の魔獣では、あの人に傷一つつける事はできはしない!大丈夫だ!」

 神凪は、焦る隊員を一喝した。その表情には確信した笑みが浮かんでいる。

「た、隊長?」
「神凪はん・・・」
「・・・・」
「吉野くんたちは大丈夫だ・・・・吉野くんのそばにいる人は俺に戦いを教えてくれた人・・・俺の先輩なんだから」

 神凪が口に出すのと同時だった。吉野達に飛びかかった魔獣が、光に包まれ消滅したのは。

「えええええええっ!」

 れいか達花組の面々は神凪の先輩、輪墨の方に目を向け驚嘆した。


    



「ふむ、腕はまったく鈍ってない・・と。素手で戦うのは久しぶりだが魔獣くらいなら問題ないか」
「か、神凪さんと同じ技・・・やはりあなたは、神凪さんの・・」
「やはり近衛から聞いていたか・・・・。ああ、そうだ。俺は近衛と同じ江田島海軍兵学校出身だ。一応は近衛の先輩って事になるかな。近衛に対魔戦闘のみならず戦いの基本を叩き込んだのは俺だ。当然、米田中将とも面識がある・・・・たぶん帝國華撃團の事は吉野ちゃん達よりも良く知っていると思うよ」

 輪墨の右拳が微かに光っている。収束した霊力を手にまとわりつかせているのだ。

「じゃ、じゃあ、わたしの事も初めから気がついていたんですか!」
「ははは、最初は戸惑ったよ。見た事のある韻籠を落とした娘がいるんだから。名前を聞くまではさくらさんの娘だとは気がつかなかったがね」
「・・・何故最初に打ち明けて下さらなかったんですか・・・・・」

 再び魔獣とたいじする輪墨に向かって、吉野はジト目で言った。

「そんなに怖い顔で睨まないでくれよ。今の俺は色々あって帝國華撃團とは無関係の人間なんでね。それに、吉野ちゃんこそ俺に話してくれてなかったじゃないか。帝國歌劇團『花組』の一員だって」
「言えるわけないじゃないですか!わたしの方は知らなかったんですから!」
「ま、いいじゃないか。素性や正体を語らずとも問題はなかったんだ。吉野ちゃんは吉野ちゃんで、俺は俺だ。何が変わるワケでなし。あ、俺の言葉使いが変わったかな?いやぁ、仕事柄『俺』という呼称はまずくてねぇ。これでようやく本当の自分をさらけ出せたわけだ」
「もう、輪墨さんったら・・・・・・・うふふ」

 魔獣に囲まれているというのに緊張感のない二人である。
 いや、だからこそ、魔獣も、攻めあぐねているのだ。一瞬で一体が消し飛ばされたと思うと、いきなり談笑だ。いかな知性が低いと思われる魔獣であれ不気味に思うのも無理はない。
 しかし一気に形勢が逆転したのは確かであった。輪墨真という『写真家』が、神凪と同等以上の戦闘能力をもつ『神凪さんの先輩』に変わったのである。この心理状況の変化は大富豪において数枚の強いカード以外、全てが低い数字である時に革命が起こった時と同じであろう。しかも手元にはジョーカーが見えている。

「さてと、一気にこの連中を片付けて神凪達と合流するか」
「はい!」

 吉野と輪墨が残り5体の魔獣を一掃したのは一瞬だった。一斉に飛びかかってきた魔獣を輪墨が霊光で打ちすえ、吉野の懐刀が一閃。それだけで終わった。

「な、なんて野郎だ。あの数の魔獣を一瞬でしとめやがった・・・・隊長の先輩ってのは伊達じゃないって事か」
「吉野はんもすごいで、あの兄ちゃんと息がピッタリやんか」

 センカは輪墨の強さに圧倒され、春蘭は感嘆の声をあげた。

「馬鹿な・・・・・・武器も持ってない男がわたしの魔獣を一瞬で倒しただと・・・信じられん」

 勢いを取り戻しつつある花組とは逆に、ネルソン提督の計算は微妙に狂い始めていた。

「しかし・・・何故、神凪隊長の先輩と吉野が一緒にいるのだ・・・・・?」

 周防の疑問は誰もが思った事である。戦闘に間に合わなかった吉野が遅れて来たと思いきや、男づれ。しかも、その男が神凪の先輩というのだ・・・・・。

「そんな事は戦闘の後だ!このまま一点集中攻撃で吉野くん達の元に集結する!」
「了解」

 神凪は過去を思い出していた。最後に見たの輪墨の顔・・・。生きる希望を亡くした男の顔・・・・。
(先輩・・・・・・何故・・何故なのですか・・)


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