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「少尉も少尉ですわ!わたくしに黙って支配人と出かけるなんて!」
昼も過ぎ、花組はサロンに集まっていた。昼寝の時間になり、シーリス達を寝かしつけてきた周防。仮眠を終え大きなアクビで鳥龍茶を飲む春蘭。走り込みを一段落させ、帝撃に戻ってきたセンカ。テラスからサロンに移り、ずっと本を読んでいるローズ。そして、神凪を誘いだそうとして徒労に終わったれいか。といった面々が、昼食後のお茶の時間を楽しんでいるのである。いや、憤然した人物が一人いるため、全員が楽しんでいるとは言い難いかもしれない。
「へっ、おめえに外へ行くと断って行く程、隊長は馬鹿じゃないよ」
「それ、どういう意味ですの!」
センカの言葉にれいかは柳眉をつりあげる。
「言葉通りの意味じゃねーか。おめーに言うと、やれ連れて行けだのって五月蝿く言うにきまってるからな」
「あなたに言われたくないですわ!このゴリラ女!」
「なんだとぉ!」
「二人ともやめなさい!」
ローズの一喝でお互いに顔を背ける二人。そのやりとりを見て笑っているのは春蘭である。
「まったく、相変わらずやなぁ。ま、れいかはんの気持ちも分からんではないけど。意味はちゃうけど、うちにもひとこと言ってから出かけて欲しかったわ」
「・・・同感だ。もし、出動がかかった場合、何処に隊長がいるかが問題になる。スグに合流できる場所にいるのか、時間がかかるのか・・・・。キネマトロンを持参しているようだが、緊急回線以外は切られている。今、無用に確認するわけにもいかない」
「一応、緊急時に備えて周防が副隊長の任についてんだろ?隊長も隊長の好きにしていいんじゃねぇのかなぁ。周防が言ってるように、キネマトロンを持っていってるんなら問題ないじゃねーか」
「そうはいかないわ!キネマトロンを所持しているとはいえ、立場上連絡はしておくべきよ」
センカは軽く言うが、ローズの目は真剣そのものである。
「何をそんなに興奮してらっしゃるのかしら。変ですわよローズさん」
「べ、別に興奮してるわけでは・・・・・ただ、隊長であるからにはしっかりと責務をまっとうして欲しいと・・・」
「・・・・・・・姉さん」
周防が姉に声をかけようと口を開きかけた時、劇場内のスピーカーが勢いよくなった。
「くそ!言ってるそばから出動かよ」
「俺はシーリスたちを連れてくる!みんなは、先に指令室に集まってくれ!マイヤー大佐が米田指令に変わって支持してくれるハズだ!」
「了解!」
迅速な判断で周防が副隊長として命令を下す。
(・・・・周防・・・。やはりあなたこそ隊長にふさわしいのよ・・・白狼と言われたあなたこそが・・・・)
ローズは走りながら、そんな考えを頭にめぐらせていた。
「まったく、ついてねーっ!修って野郎の話が終わったと思ったら魔物だ。せっかく、のんだくれと話しこもうと思ってたのによぉ、」
「魔物にこちらの都合を言っても仕方ありません。米田指令」
「そんな事ぁ分かっとる。・・・・・・・しかし、修って男の話だがよ・・・神凪、おめぇどう思う?」
帝國華撃團に出動がかかったのと同じ頃、米田の元にもマイヤーから魔物出現の報が伝えられてきた。翔鯨丸の指揮はマイヤーがしているという事である。米田と神凪はその報を受けるなり、のんだくれ達と分かれ、急ぎ合流地点に急行したのである。
「独逸が魔の者の支配下におかれ、各国も魔に侵略されつつあるという話・・・・。自分は信じても良いと思います。彼の示した数字はかなり具体的でした。帝撃の捜査網で調べれば、その数字が真実であるかかスグに調べがつくでしょう。・・・修という男はその事を承知の上で数字を出してきたに違いありません」
「ああ、俺も同意見だ。修が言った事は大筋において事実だろう。俺にも思い当たるフシがあるからな・・・」
「・・・・・・ハルノート・・・ですね。裏が存在すると聞いてます」
「!・・か、神凪・・おめぇ、どうしてそれを!」
「一月前、江田島海軍兵学校第一◯八班の同期が、軍の情報部に配属されました。その男がたまたまハルノートを目にして・・・・裏の事実は帝撃の隊長として知っておいた方が良いと言われ・・内容を・・今まで黙っていて、申し訳ありません」
神凪の言葉に米田は呆れた顔で笑った。
「まったく、なんて奴等だ・・・おめえら第一◯八班の男共はよぉ」
「軍機を知り、外部にもらした事について罰を与えるというのでしたら、全て自分が・・・」
「へっ、おめぇ等を罰っしたところで、どうしようもあるめぇ。ま、その情報部にいる奴ってのも、裏のハルノートの内容が、帝撃の隊長となったおめぇに必要な情報だと判断したから、教えたんだろう。軍法会議も覚悟の上でな・・・」
軍法会議という言葉に、蒸気四輪を運転する神凪の体が固くなる。
「しんぺーすんな。軍機漏洩は確かに銃殺ものだが、事と次第によっちゃ褒められてしかるべき時もある。ハルノートの真実については、おめえも知っておかなきゃならん事には違いねぇ。それどころか説明する手間がはぶけたってもんだ。それに、おめぇの事だ、今日まで色々と考えていたんじゃねーのか?」
「はい、自分なりの考えをまとめています」
「そりゃ結構。後でじっくり聞かせてもらうとするか・・・ハルノート・・最後通告・・・裏の救命暗号文についてな」
「はい」
(神凪・・・おめぇ、良い親友に恵まれたな。大神が加山を得たように・・・)
米田の脳裏に、大神の影となり助言をあたえ、花組を支えてきた元月組隊長『加山雄一』が浮かびあがった。
「まっ、今はその事は忘れてかまわねぇぞ。先に魔物を片付けないといけねぇからな」
「はい!」
米田の言葉に神凪は勢いよく返事をする。目の前には翔鯨丸の勇士が浮かびあがっていた。
「待たせてすまない、みんな!」
「遅いですわよ少尉」
「まったくやで」
「お兄ちゃんおそぃぃぃ」
「ちこくだ、ちこくだぁ」
「・・・・」
「・・・・神凪隊長、さっそくだが状況を説明する。見てくれないか」
「ああ、頼む」
翔鯨丸に収容された神凪に、皆は笑いながら愚痴を言う。ただ、ローズだけが厳しい目で神凪を見ていたが、神凪はその視線には気がつかなかった。神凪の目がローズに向けられる前に周防が神凪に説明を始めたからである。周防はローズに目で何か合図を送ったが、ローズはプイッと横を向いて目を反らせた。
「魔物が出現したのは千葉市川の里見公園。かなり密集しているため正確な数はわからないが、少なくとも100体はいるようだ。公園の史跡にもかなりの被害がでている」
「そんなに!」
「ああ。それと魔物の中央に魔装機兵らしき存在も確認している。形状から推測して横浜で会った連中の一人だろう。」
周防はスクリーンを操作しながら、たんたんと状況を述べる。
「魔装機兵か・・・・。マイヤー指令代理、この大量の魔物出現・・・どう思われますか?」
神凪は翔鯨丸ブリッジ前方に正面を見据え立っているマイヤーに言葉をかける。神凪がブリッシに入ってきた時からマイヤーは微動だにせず、前だけを向いていた。それは、マイヤーがあくまで指令代行であり、多くを指示すべきではないと理解しているからであった。なにより神凪の技量の高さをマイヤーは見抜いていた。自分があえてしゃしゃり出る必要はないと信じているのである。しかし、その事に気がついている人間は、まだ花組の中にはいなかった。
「俺に意見を求めるとは珍しいな、神凪少尉」
「戦闘経験の差は埋める事はできません。自分は今回のような大規模の戦闘は経験していませんので、参考になればと・・・・」
「己の力を過信しない事は良い事だ。己の力を信じられないのは困りものだがな。今回の魔物だが・・・俺の考えでは、これは陽動ではないかと思っている」
「陽動?・・どういう事ですの」
花組の視線はマイヤーに向けられた。あざみがいない今、マイヤーの言葉が花組の支えとなる。まだ花組の心は一つになっていないのだ。ちなみに、米田は神凪を翔鯨丸に乗せた後、帝撃指令室へと向かった。若くない米田を翔鯨丸に引き上げるには時間のロスが大きいからである。
「これほどの数になると統制をとるのさえ難しくなるものだ。先の式神騒動の目的は帝都破壊だった。そのため、あえて統制をとるような事はせず、あばれるままに任せていた。しかし今回の敵は密集形態で統制がとれた状態で行動している。公園内から動こうともしないところを見る限り広範囲の破壊が目的ではないだろう。おそらく今回の目的は・・・花組そのもの。魔獣の数で花組の足をとめ時間を稼ぎ、他所で秘密裏に暗躍する・・・。そんなところだと俺は思う」
「けっ、正面から堂々とこないなんて姑息な手だな」
「だけど、もっとも効果的で厄介な手段であることには違いないわ」
「・・・二手に別れるという手もある。・・・・しかし吉野がいない今は戦力分散は危険かもしれない・・・」
神凪は、周防のもらした言葉に初めて吉野の姿がない事に気がついた。
「え?吉野くん・・・・・・そういえば吉野くんの姿が見当たらない」
「ちょ、ちょっと神凪はん。今頃何言うてますのん」
「そうだぜ、かりにも隊長だろ?忘たら吉野が可愛そうだぜ」
「い、いや、そういう訳では・・・」
「では、どういう訳なのですか。隊長ともあろう人間が部下に無頓着では困ります!」
ローズの言葉は、その場にいた人間を刺激する。神凪に向けられる厳しい視線。しかし、そんな緊張を打ち消す人物がいる。
「おっほほほほっ。少尉が吉野さんの事を忘れるのも無理のないこと。あんな田舎娘、覚えておくのが難しいですもの、おっほほほほっ」
「れ、れいかくん・・・・」
「言いすぎだぜれいか!」
「あーら、センカさん。本当の事を言ったまでですわ。それに、少尉?」
「な、なんだい?」
「少尉のために、この私が吉野さんの分まで戦ってさしあげますわ」
れいかに、にじり寄られた神凪は、思わずのけ反ってしまう。状況が状況なだけに神凪もどう対応してよいか戸惑っているのである。海軍兵学校では女性の扱い方まで教えてはくれない。
「いいかげんにしなさい!敵はもう目の前なのよ!」
「そうやで。神凪はんも鼻の下のばしてんと、もっとシャキッっとしてーや。な?」
「今の隊長の姿、吉野にはみせらんねーな」
いいたい放題言う連中である。今まで米田や修と共に、ハードな会話を交していた後の神凪の思考に注文をつけるのは少々酷というものだ。しかし、そんな事情をつゆぞ知らない今の花組には分かろうハズがない。これも運命というのだろうか。
「ま、まぁ、そんな事はとりあえず置いといて、その・・吉野くんはどうしたんだい?センカ」
「吉野は買物に行ったまま帰ってきてねーんだ」
「買物?」
「・・・ええ。キネマトロンを持参していないのが仇になったようです。もっとも、町中にどうどうとキネマトロンを持ち歩くわけにもいきませんが・・・・」
「キネマトロンの小型化は進めとるんやけど、物が物だけに今以上の小型化は難しくてなぁ」
「それは仕方ないよ春蘭。一朝一夕で技術革新するわけじゃない。じっくりと進まないと。・・・・とにかく、こちらから連絡のつけようがない今、吉野くんの事は月組や他の仲間にまかせよう。今は当面の敵を倒すのが先決だ」
目線を再びスクリーンに戻し密集地帯を見つめる
「陽動だとしたらどうする?神凪少尉」
花組の騒ぎが一段落したと見たマイヤーが、再び神凪に向かって言った。
「たとえ陽動だとしても、ほっておくわけにはいきません。まずはこの敵を倒します」
「・・・・そうか、わかった。一応、帝都にちらばる夢組や月組に周囲の警戒は怠らないよう指示しておく。おまえ達は、眼前の敵に専念していろ」
「了解!」
神凪が勢いよく返事した時、手をひっぱる者が現われた。フローナである。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだい?フローナ」
最初はシーリスとフローナの見分けがつかなかった神凪もようやく分かるようになってきた。神凪は腰をかがめてフローナと同じ目線になる。
「・・フローナねぇ・・・今のお話しよくわからなかった・・・・なにするの?」
「イヌをやっつけるんだよねぇ。お兄ちゃん」
「ええ、イヌさんをイジメたら駄目だよぉ」
「・・・・・・」
フローナとシーリスの会話に、なぜか脱力感がわいてくる神凪達であった。
次回予告
br>次回予告(『なおろうでぃんぐ』で止まってしまった方用)
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