第二話 帝國華撃團参上!





 小さな駅に蒸気機関車が止まる。遥か東北より下ってきたばかりの汽車である。
 形式名、乙-六二型蒸気機関式鉄道車両。帝国が誇る最新式の蒸気機関車である。
 今その乙-六二型蒸気機関式鉄道車両から多くの人々が降りてくる。
 駅のホームは、蒸気機関車から降りる人波でにわかに賑やかになり、またたく間にホームから改札口へと続く階段は押し寄せる人波でいっぱいになった。
 そして、その光景をホームの端で眺めている少女がいる。
 彼女の名は『真宮寺 吉野』仙台から上京してきた夢と希望に満ちあふれた思いを持つ少女である。大きな鞄を椅子がわりに、長い布製の袋をかかえ座っていた。

「どうして、みんな急いで出ようとするのかしら」

 今だにごった返している階段を見て呟いた。
 故郷の仙台では、まずお目にかかれない光景だ。何をそんなに急ぐのか、急いで行かなければならない用事がこの人達に本当にあるのだろうか。
 確かに急がなければならない人もいるだろう。しかし、大半の人が急がずとも良いはずだ。それを証拠に、ほとんどの人が駅を出たとたんにゆっくりと歩き出す。まったくもって不思議としか言えない光景だ。
しばらくすると、さっきまで混んでいたのが嘘のように、静かなホームと化した。

「さてと、そろそろ行きますか」

 吉野は階段に殺到する人々を見て、階段から少し離れた場所に避難していたのだ。
 ゆっくりと立ち上がり、鞄を手に取り階段を上り始めた時、後ろから誰かが声を掛けてきた。

「そこのお嬢さん」
「はい?」

 振り向くとそこには一人の男が立っていた。男は痩身で丸い眼鏡をかけていた。やや鋭い目つきをしていたが、敵意などは感じられない。吉野が何の様か訊ねる前に、男は口を開いた。

「おとし物ですよ」

 そう言って右の手を吉野の方に差し出した。その手の中には母から譲り受けた『印籠』があった。
 
「えっ?」

 とっさに自分の腰を見るが、そこには付けておいた印籠は無かった。おそらく汽車から降りるとき、人にぶつかり落したのだろう。

「す、すみません。ありがとうございます」

 あわてて右手を差し出して印籠を受け取ろうとした……が、それがいけなかった。 両手で持っていた鞄から右の手を離してしまったのだ。
 鞄の中には生活するための生活道具や着替えが入っているのだが、これが結構な重量になる。それを片手で支える事が吉野に出来るはずが無い。おまけに階段を上がり始めたところだ。
 と言うことは……

「えっ、あっ。きゃあ!」
「あ、危ない!」

 鞄の重量を支えきれずにバランスを崩した吉野は、男の方に倒れこんだ。思わず目をつぶる。

ドッスン!

 大きな音がしたあと、恐る恐る目を開ける。なんとか自分はバランスを取り戻す事ができ両足で着地する事ができた……が、何だか足の裏の感覚がおかしい。吉野の頭に嫌な予感が走る。

「お嬢さん。できれば早く足をどけて欲しいな」

 足元から声が聞こえてくる。「はっ」と足元を見た吉野の顔が青ざめる。吉野の右足の下には、男の背中があったのだ。

「きゃー!ごめんなさい!」

 足をどけた吉野は男を抱え起こす。背中には小さな足跡がくっきりと残っていた。

「ごめんなさい!ごめんなさい!」
「いや、そんなに誤ってもらう事はないよ」
「でも、大切な印籠を拾っていただいたのに、失礼な事をしてしまって」

 泣きだしたい気分だった。母から大切にしなさいと言われたのが昨日の事なのに、帝都に着いたそうそう落してしまい、そのうえ拾ってくれた恩人に倒れかかり、あろうことか背中まで踏みつけてしまったのだ。ドジと言うにも程がある。まったく先が思いやられる帝都入りだ。

「ははは、いや私も悪かったんだよ。階段の途中で呼び止めてしまったんだから。ははは」
「でも……あ、お怪我はありませんか」
「怪我?ああ、ちょっと右手の甲を擦りむいただけだ、たいしたことないよ」

 それを聞いた吉野はすぐに男の右手をみる。大きくすりむいた手の甲は血がにじみ赤く染まっていた。

「たいした事無いって……こんなに血が出てるじゃないですか」
「ああ、この程度の傷、洗って嘗めときゃ自然になおるさ」

 吉野は男の言う事を無視して、懐から白いハンカチーフを取り出し、男の腕を引き寄せる。

「あっ!」

 吉野の口から声がもれた。
 引き寄せた男の手には吉野の印籠がしっかりと握られていたのだ。

「おっとそうだった。これをあんたに渡さないとな。ほら、もう落したりしたらだめだぞ。あんたの顔からすると、かなり大切な物らしいからね」

 男はそう言って、吉野の手に印籠を押し付ける。

「あ、ありがとうございます」

 吉野は手の中の印籠を見る。
 男が手に怪我を負ってまで守ってくれたのだろう。印籠には傷一つ、汚れ一つ付いてなかった。
 吉野は二度と落さないよう印籠を大切にしまい、ハンカチを男の手をに巻き付ける。

「本当にすみませんでした。あたしせいで怪我まで負わせてしまって」
「ははは、あんたが倒れてきた時に、その印籠をうっかり落しそうになった私が悪いんだよ。お手玉しながら倒れたんだ、怪我して当然だ。はははは」

 男はハンカチを巻いてもらっている右手を見つめてそう言った。

「しかし、まさか背中を踏みつけられるとは思わなかったけどな。ははははっ」
「すみません、全て私が悪いんです」

 真っ赤な顔をして再び頭を下げる。穴があったら入りたい。

「いや、すまない。そんなつもりで言ったんじゃないんだ。頭をあげてくれないか」

「でも……」
「うん。思いどおりに手が動く。ハンカチでここまでうまく巻けるなんてたいしたもんだな」

 男は右手をしげしげと見ながら感心した。

「あ、あの、このお詫びは……」
「せんせーい!輪墨(わすみ)せんせーい!」

 吉野が男に話しかけた時、遠くから声が聞こえた。
 
「ありゃ。杉田さんじゃないか。なんで杉田さんが?まだ三十分近く余裕があるはずだぞ」

 そう呟やいた男は、懐から時計を出した。銀色の懐中時計だ。針の示した時刻は十時五分。
 男は次に駅に備え付けられている時計を見る。時刻は十時三十八分。

「おお!時計が止まってたあああ!」

 男は叫びながら勢いよく立ち上がった。

「あ、あの……?」
「悪いが、お嬢さん。私はこれで失礼させてもらうよ」
「え?。あ、ちょっと待ってください。まだお礼もしてませんし、怪我をさせたお詫びも……」

 吉野は階段を駆け上がっていこうとする男を呼び止める。すると、男は軽く首を後ろに回すと、かすかに笑った。

「礼やお詫びなんて結構ですよ」
「それでは、私の気が……」
「ふむ。でしたらこのハンカチーフを頂いておきましょう」

 男はそう言ってハンカチーフが巻かれた右手を上げ、再び階段を駆け上がっていく。

「わ、わたし、吉野です!真宮寺 吉野です」

 吉野がそう叫ぶと、男は右手を上げてそれに答えた。

「いっちゃった……。あんなに失礼な事したのに怒りもしないで……」

 吉野は自分の行為を恥じていたが、それ以上にうれしかった。帝都にもこれほどまでに親切で優しい人がいる事が。


    



 古い部屋がある。
 長年使い込まれてきた洋風の部屋だ。壁や床の板は、長い年月の経て薄黒く変色している。
 その洋室の奥に、その机はあった。とりわけ珍しい机ではない。事務などに使われる机とさほど違いは見受けられない、どこにでもある、平凡な机だ。
 机の上には様々な書類と、黒い電話機、そして一枚の写真が入った写真立てがあるだけだった。
 今その机に一人の男が座っている。男は白髪の老人であったが、その目には気力の衰えを感じさせない力溢れるものが宿っていた。
 
「あー、あざみくん。たしか、今日着くはずっだったな?。さくらの娘は」
 男は、手に持ったた書類に目を通しながら、書類棚を整理している女性に声をかける。部屋にはこの二人以外に人はいなかった。

「はい。今日の午後二時に上野公園にセンカさん達が向かえに行く手筈になってます」
「ほう、上野か……、こりゃーなにか起こるかもしれねえな」

  男はそう言うと面白そうに笑った。

「冗談はやめて下さい米田指令。そもそも、何の根拠があってその様なことを?」
「なに、昔さくらが上京してきた時も騒ぎが起き、黒之巣会と初めて相対した場所も上野だったらしいからな。上野は何かと真宮寺には縁のある場所なんだよ」
「なるほど。それで今回も何か起こるのではないか。そうおっしゃるのですね?」
「そういうこった。なにせ、さくらの娘は恐ろしいほど、さくら似だと聞いとるからな。わははは」

 この男「米田」の口ぶりからすると、一刻もさくらの娘に会いたいらしい。
 米田が最後に『さくら』に会ったのは、『一基』の三周期の時だ。
 前帝國華撃團指令『米田 一基』は初代帝國華撃團『花組』最後の戦いの中、帝國軍人として立派な最後を遂げた。
 そして今、帝國華撃團は米田の従兄弟である『米田 柾成』(よねだ まさなり)が指令として統括していた。そもそもこの柾成は『一基』が軍に入った頃より『一基』を影から支えてきた人物であった。
 霊力と剣術は『一基』に勝るとも劣らない程であったが、日清戦争の折に右足を負傷した事により、戦場を去る事になる。そのため降魔戦争に参加する事はできなかったという経緯があった。

「だからといって、笑いながら何か起こるなどと言わないでください。何事もないほうが良いのですから」
「ああ、そうだな。日々これ平和が一番」

 男は軽くうなずくと、又、書類に目を通し始める。

「まあ、それは置いとくとしてだ……、この新型霊子かっちゅうの試験結果は芳(かん)ばしくねえな。これじゃ、でき上がったとしても誰も乗りこなせる奴がいねえぞ。あざみくんはどう思う」
「そうですね、基礎霊子力の数値が高すぎると思いますわ。今のままでしたら機体を安定させるためには旧『神武』を動かすために必要な霊力の倍はなければ、暴走の危険性もありますわ」
「確かにな。だがこの位、力を持った霊子かっちゅうでなければ、正直きついのが現実だ」

 つい先ほどまで穏やかだった男の顔が、にわかに険しくなる。

「新型霊子かっちゅう『神斬』(しんざん)か、……まったく、どえらいジャジャ馬をこしらえてくれたもんだな。紅蘭」

 男は写真立てを手に取り、そこに写る一人の少女を見ながら苦笑いを浮かべ呟いた。


    


 上野の桜は、もう四分咲きまで開花していた。
 最近の異常気象のため桜の開花は遅く、満開まであと一週間はかかるという事らしい。しかし、帝都の人々にとっては以上気象の事はどうでも良い事だった。いつもの年より長く桜が楽しめるとあれば、これ以上の喜びはない。宴会の日々もいつも以上に盛り上がる事だろう。
 吉野は上野公園の一画にあるべんちにすわり、花見を楽しむ人々を眺めていた。

「桜……か」
 
 吉野は故郷の仲間が贈ってくれた桜の絵を思い出していた。
 
『ううん、だめだわ。いつまでも感傷に浸ってたらいけない』
 
 そう考えなおし、あらためて周囲を見渡す。

「それにしても早く着きすぎたみたいね」

 帝国歌劇團の人との待ち合わせの時刻にはまだ二時間以上ある。汽車がたまたま定刻どうりに駅についたのだ。これは大変珍しいことであり、ひどい時には半日近くも遅れることもある。最近になりそこまで遅れる事はまれな事になったが、それでも前後一時間は余裕を見ておかなければならないのが、帝国鉄道の現状である。

『そうだ、待ち合わせの時刻まで、ここでお昼を頂いておこう』

 特にお腹がすいていたわけではなかったが、食べれる時に食べておかなければ、いざと言う時に力がでないと、吉野の父によく言われてたのを思い出したのだ。
 吉野は鞄の中から小さな包を取り出す。母「さくら」が作ってくれた弁当だ。この弁当を最後に当分の間、母の手料理を口にすることはないだろう。

 吉野が弁当箱に箸をつけた時だ、近くで子供の泣き声が聞こえた。
 男の子の声だ。箸を置き、声する方を見ると二人の小さな子供がいた。男の子と女の子、どうやら姉弟のようだ。

「うえぇぇぇぇん、うぇぇぇぇ」
「しょうちゃん、ないちゃだめだよ。おかあさんきっとくるから。ね、ね」

 年の頃は男の子が5才、女の子の方が7才位だろうか。まだ幼いのに、少女は必死に泣き叫ぶ弟をあやしている。
 吉野は弁当を一旦鞄にしまい、その姉弟に近づいていった。

「どうしたの?なに泣いてるの?」

 幼い姉弟にやさしく、話しかける。

「お姉ちゃん、誰?」

 少女は、いまだ泣きやまない弟を庇うように、吉野に訊ねかえす。少し怯えているが、それでも弟を庇おうとする姿に吉野は微笑ましく思った。

「安心して良いわよ、お姉ちゃんは怪しい人じゃないから」

 吉野はそう言ってしゃがみこみ、ニッコリと笑った。
 吉野の笑顔を見た少女は、子供の持つ本能で危ない人間では無いと判断したらしい。少女の顔から不安の色が消える。

「あのね……」
「うん。どうしたの?」
「あのね、おかあさんとはぐれたの。それで、いろんなところいっぱいさがしたの。でも……おかあさん……みつからないの」

 頼れる人に巡り会えた安心感からか、少女の顔が次第に泣き顔に変わっていく。
 泣きたいのを我慢していたのだろう。自分が泣けば弟がさらに不安になる、それがわかっていたから必死で泣きたい気持ちを抑えつけていたのだ。その気持ちが分かった吉野は、その少女の頭をなでてやった。

「そう、お母さんとはぐれちゃったのか……。分かった、お姉ちゃんも一緒にお母さんを探してあげる」
「……ほんと?」

 吉野の言葉に少女の顔がにわかに明るくなる。

「ほんと、ほんと。だからそっちの僕もないちゃダメよ」

 男の子は泣くのを懸命に堪えて、うなずいた。

「よし、それでこそ男の子だ。あ、お姉ちゃんの名前、吉野って言うのよ。あなたたちの名前は?」
「あたし『よしみ』。そしてあたしのおとうとの『しょう』ちゃん」
「『よしみ』ちゃんに『しょう』くんね。じゃあ、お母さん探しにいこうか」
「うん!」

 少女は涙をふき、笑いながら大きくうなずいた。


    



 暗い闇の中に動めく者がいる。
 漆黒の闇の中にいて、水晶球を見つめている。大きな水晶だ、直径四尺はあるだろう。その大きな水晶球をその者は見つめているのだ。やがて水晶球は鈍い光りを放ち始め、一つの映像を映し出した。

「ほう、ここに例の物が隠されている可能性があるというのですね?」

 その物は誰となく話しかける。すると水晶球の向こう側に小柄な女が闇の中から現われた。美しいと言う言葉の似合う女だ。袴姿に髪を後で束ねているあたり巫女の様だが、その袴が異色を放っていた。黒いのだ。女の袴は、上から下まで黒一色で染めぬかれていたのである。しかし、その黒い袴が女の美しさをよりいっそう美しく見せている。
 女は水晶球に手をあて、透き通った声で答え返す。

「はい、孔明さま。この場所に例の物が隠されている可能性があります。神代(かみよ)の時代に失われたとされる『天穿つ矢』(てんうがつや)が………」

 孔明はその言葉を聞き、口元に薄い笑みを浮かべる。

「しかし、可能性があるというだけでは、喜ぶのはまだ早いですね」
「いえ、この地のどこか隠されている事は間違い有りません。たとえ、この場所になくとも、この帝都をしらみつぶしに探せば遅くとも数ヶ月以内には見つけ出せましょう」
「それはかまいません、私は数百年待っていたのですから今さら数ヶ月伸びたとして、たいしてかわりませんよ。それよりも、急ぎすぎて『天穿つ矢』を壊す事のないようにしてください。あれはこの世に二つとない神器です。時間はかかってもかまいません。じっくりと、慎重に探し出すのです」
「はっ!」

 女がひざまづいた瞬間。女の後方に数多くの眼光が鈍い光りを放った。

「『天穿つ矢』よ。私が汝の真の力を解き放ってあげましょう、ククククッ…アッハハハハ」

 孔明は高らかな声を上げながら、水晶球を見る。その孔明の瞳には桜の舞い散る上野公園が映っていた。

    



「よしみちゃんと、しょうくんのお母さんいませんかー」

 先程から何度この言葉を叫んだ事だろう。あれから一時間、二人の親を探し回ったが見つからなかった。

『うーん。一人で探すというのに無理があるのかなあ』

 吉野はそう思いながらも声を出し続けた。駐在所にも寄ったが収穫はなかった。
 二人の話によれば、姉と手を繋いでいた弟のしょうが露天に目がいき、立ち止まった時にはぐれたらしい。
 なぜ母親とこの上野に来たのかまでは、分からなかったが、母親が一生懸命なにかを売っていたと言う。
 子供を連れての行商はそう珍しいものではない。恐らくこの二人の母親は、この幼い子供のために一生懸命だったのだろう。

「……おなかへった……」

 突然、しょうが立ち止まり、露天を見つめつぶやいた。
 確かにあるきづめで、母親を探し続けたのだ。おなかもすくだろう。そう思った時、吉野は自分も昼食を取ってなかったのを思い出した。吉野は特にお腹がすいてなかったので昼食をとる事を忘れていたのだ。

「しょうちゃん。がまんしなさい」
「……ぐす……」

 しょうは姉の言葉に反べそをかく。
 それを見た吉野は軽く笑い、二人に話しかけた。

「そうね、この辺りでお昼にしようか」
「え?…………でも、あたし……お金持ってない……」

 よしみが悲しそうな声でそう言う。

「いいから、こっちおいで」

 吉野は空いているベンチに腰掛けて、手招きをする。
 二人は呼ばれるままに吉野の横にちょこんと座った。

「ちょっと待っててね……」

 吉野は鞄から、先ほど食べかけた弁当を取りだし、二人に分けてやった。

「おねえちゃん?」

 よしみは手渡された弁当に驚き吉野の顔を見上げる。

「遠慮しなくて良いのよ。おねえちゃんはお腹すいてないから」
「ありがとう、おねえちゃん」

 礼を言うよしみに吉野はニコッリ微笑んだ。

「わあ、おししそう。いただきまーす」
「しょうちゃん!。おねえちゃんにありがとういわないとだめでしょ」

 礼を言わずに食べ始める弟を責めるよしみだが、しょうは聞く耳を持たず一心不乱に弁当にかぶりつく。

「いいのよ、よしみちゃん。さあ、あなたも食べなさい」
「う、うん」

 いまいち納得のいかない様子のよしみであったが、弁当を一口食べたとき、彼女の顔が変わった。

「おいしい、おいしいよこのおべんとう」
「ええ、わたしのお母さんのお弁当ですもの。さあ、それ食べて又一緒によしみちゃんとしょうくんのお母さんを探しましょうね」
「うん!」

 おいしそうに弁当を食べる二人を見つめながら、吉野は思った。母が自分のために作ってくれた弁当だけど、こんなにおいしそうに食べてくれる人にあげたのなら母も喜んでくれるだろうと。

(それにしても、二人の母親は何処にいるんだろう?)

 これだけ探しても見つからない事に、吉野は疑問を感じていた。こちらが探しているという事は、当然母親も探しているに違いない。しかし、子供を探している親を見かけたという人も見つける事が出来なかったのである。

(この子達の親に何かあったのかしら?)

 そんな考えをしながら、時計を見る。一時四五分。帝國歌劇團の人との待ち合わせの時刻が迫ってきていた。

(そろそろ、待ち合わせの場所に行かないといけない時間ね。帝國歌劇團の人に会ったらこの子達の親を一緒に捜してくれるよう頼んでみよう)

 時計をしまい、二人を見つめながらそう吉野は考えた。

「ごちそうさまでした。ありがとうおねえちゃん」

 弁当を食べ終えた二人は、きちんと弁当箱をなおして吉野に返した。

「お弁当は足りた?」
「うん。あたしおなかいっぱいになったよ」
「ボクもおなかがいっぱいだよ」
「そう、それは良かったわ。じゃあ、もう少し休んでからお母さん探しに行こうね」

 吉野がそう言終える寸前……

 ………キーンッ………

 突然吉野の頭に嫌な予感が駆け巡る。
 常人には理解できない予感。触れる事のできない寒気のする気配。

(これは………妖気!)

 突然、不忍ノ池方面から、叫び声があがる。

(………近い!)
 
吉野が振り向いた先には、無数の黒い毛に覆われた奇怪な生物が池の中から現れていたのである。


    



「まったく運が悪いよな。迎えに行こうとした矢先に出撃なんてよ」

 帝國華激團『花組』の赤い戦闘服に身を包んだ大柄な女性が、走りながら悪態をつく。

「そうでもないですわよ。少なくとも劇場を出る前に警報が鳴ったのですから運が悪いとは、わたくしは思いませんわ」

 同じく紫色の戦闘服を着た女性が、その隣を走りながら言葉を返す。
 
「ま、そりゃそうだ。出た後に呼び戻されるよりはマシだな。……しかしよ、緊急出動用シューターが壊れてたのには参ったよな」
「その事については同意見ですわ。折角降りたのに着替えが出来てないのですもの。おかげで部屋まで着替えに戻る羽目になってしまいましたわ」
「まったくだ、それにこんな時に限って更衣室まで改装中ときてやがる。……やっぱり今日は運がわりいや」
 
 運の悪さを呪いながら、二人は階段を駆け下りる。

「ふー、やっとついたぜ」

 二人が通路の奥にある扉の前に立つと、扉は自動的に開いた。

「来たか。シューターの故障とは災難だったな、れいか、センカ」

 二人が部屋に入ると、一人の男が声をかけてきた。
 
「ああ、おかげ余計な体力を消耗しちまった。」
「あなたには良い準備運動になったんじゃありませんこと?センカさん」
「準備運動か、そりゃいーや」

 センカはれいかの言葉に思わず笑ってしまう。

「米田司令。時間がありません、状況説明を!」

 部屋の奥からあざみが現れ男に声をかける。
 
「うむ、そうだな。二人ともこれを見てくれ」
 
 米田はテーブルに備え付けられている、映像装置のスイッチを押した。

「あら、ここ上野公園じゃありませんこと?」
「本当だ、あたい達が今から行こうとしていた場所じゃないか」
「そうだ、上野公園。新しい帝國華撃團の隊員との待ち合わせ場所だ。そして、これが問題の映像だ」

 そう言うと米田は、次の画面を映しだした。

「なんだこりゃ!?」

 そこには、どんな生き物とも似つかない醜悪な獣がうごめいていた。
 全身を紫色の体毛におおわれ、目の色は白く濁っていた。物腰は猿のそれに近く、長い爪を地面に引きずりながら歩いている。

「いったいなんですの、この生き物は?」
「わからん。だが、この生き物が帝都を脅かす存在だという事だけは確かだ」

 米田の目が軍人の目に変わる。帝都を守る決意を秘めた男の目であった。

「なるほど、こいつらがあたい達の敵なんだな。長官!」
「ふん、こんな美的感覚から外れた醜悪な魔物は、この『神崎 れいか』が始末してくれますわ」
「ふふ、二人と肩の力を抜きなさい。華撃團はまだ二人しかいないのだから、無茶をしては駄目よ」
「あたくしに心配は無用ですわ。それより新人さんの心配をした方がよろしいのじゃありませんこと」
「そうだ!。いくら帝撃に入隊できた人間でも生身じゃやばいじゃねーか」

 れいかとセンカの言葉に米田はニヤリと笑い口を開く。

「そりゃー大丈夫だ。あいつの子供はそう簡単には殺られやしねえよ」

 米田の言葉に二人は眉をひそめる。

「米田長官。『翔鯨丸』出撃準備整いました」

 あざみが、出撃準備完了を報告する。

「わかった。よーし、『帝國華撃團』初の出撃だ!魔物におまえ達の力を見せてやれ」
「おう!」
「わかりましたわ!」

 二人は米田の新人に対する言葉にひっかかりながなも、勢いよく部屋を出ていった。

「しかし、本当に上野で事が起こるとわな」
「これからは、不吉な事を口にしないでくださいよ。米田長官」 
「うむ、気をつけよう。俺も凶兆を言い当てる予言者にはなりたくねえからな。だーははははっ」

 米田の笑いに、あざみはやれやれといった表情で部屋を出ていった。


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