第二話 帝國華撃團参上!





「ええい!」

 吉野の居合いの前に一体の魔物が崩れ落ち、ただの土くれになる。『式神』に似た術であろうことは吉野にも分かった。この魔物は何物かに作られた人形なのだ。

「二人とも、こっちよ!」

 吉野は霊剣『荒鷹』をかまえながら、幼い姉弟を誘導する。

「こわいよー、おねえちゃん」

 しょうが泣きながら、吉野の後を追いかける

「よしみちゃんも早く!」
「はあ、はあ、はあ、あたし……もう」

 遅れるよしみに魔物が襲いかかる。

「させないわ!破邪剣征・橘花乱刃」(きっからんじん)」

 霊力によって力を与えられた無数の鎌鼬(かまいたち)が魔物を瞬時に切り裂いた。

(このままじゃこの子達を守りきれない)

 辺りを見回しながら、そう吉野は考えた。
 魔物の出現によりパニック状態となった上野公園で、吉野は二人の幼い姉弟を庇いながら魔物の攻撃を今までしのいでいたのだ。吉野は自分の力が限界に近づいているのが分かっていた。霊力と体力を使い続けたのだ。普通の人間ならば、倒れてもおかしくない状態だ。それを吉野はこの姉弟を守るため気力で戦い続けていたのだ。

「おねえちゃん。あたしもうだめ……はしれないよ」

 よしみはそう言って座りこんでしまった。しょうもそろそろ体力の限界のようだ。これ以上走ることはできそうにない。

(どうすれば……おかあさん。こんな時、どうすればいいの)

 母なら……幾度もの急場をしのいできた『真宮寺 さくら』ならどういう行動をとるか、と吉野は考えていた。ふと不忍ノ池を見やると社が見える。

(たしか、あれは弁天堂?。そうだわ、お母さんの初陣で宿敵叉丹と始めて戦った場所だわ)

 吉野は社を見たあと、幼い姉弟を見つめた。

(わたしがオトリになる!)

「よしみちゃん、よく聞いて。今からおねえちゃんはあの化け物を倒してくるから、よしみちゃん達はあの建物に隠れていて」
「こわいよ、おねえちゃんもいっしょにいっしょにかくれようよ」

 泣きながら『しょう』が吉野の袖えを引っぱる。

「大丈夫よ、あの化け物を倒したらスグに戻ってくれから。ねっ」
「………わかった。あたしかくれてまってる。でもぜったいにむかえにきてよ」

 よしみは怖い気持ちを一生懸命抑えて、吉野に言った。

「ええ、約束するわ、絶対迎えにいくからじっとして待っているのよ」

 そう言って、吉野は二人の頭を軽くなでた。

「じゃあ、またあとでね」
「うん……」

 よしみはしょうの手を引いて、弁天堂に向かって走っていった。

(無事でいてねよしみちゃん、しょうくん……。よし!)
「真宮寺 吉野……行きます!」

 自分に言い聞かせるように叫ぶと、低い姿勢で走り出した。

ぐぎぎ?……ぐぎぃやああああっっ!

 突然に現われた一人の少女に一匹の魔物が反応し、吠えた。仲間を呼ぶつもりだ。

(そうよ、仲間を集めるのよ。あの子達じゃなくわたしに集めるのよ!)

 広場を駆け抜ける吉野に数体の魔物が襲いかかる。

「やあーーーーっ」

 吉野の技が魔物の身体を傷つける。
 一瞬で、数体の魔物が四散する。大刃に霊力を込めて切りつけると、鋼鉄をも簡単に切り裂くことができるが、それだけ大量の霊力を消費する事になる。これだけの魔物をあっさりと倒す吉野の霊力は桁違いに強かった。
 これはあきらかに『真宮寺』の家系に流れる血のみでは説明できない霊力だ。実際、霊力のみを比べたら、吉野の力は母『さくら』をかるく凌駕している。
 しかし、その強大な霊力もしだいに衰えを見せ始めた。吉野の身体が霊力に耐えられなくなってきていたのだ。

「このおおっ」

 荒鷹が魔物の肩を切り裂いたが、手応えが少ない。荒鷹の切れ味が鈍ってきているのだ。

「はあ、はあ、はあ」

 吉野の息が荒くなる。限界が近づいているのだ。

(もう、ここまでなの………いいえ、あきらめたら駄目!あきらめたらそれで終りだわ。こうなったら一か八か……)

「破邪剣征……」

ドンッ!

 吉野が覚悟を決め、魔物の中央一点突破を狙った時、魔物の後ろに、大きな音と共に勢いよく煙がはじけ、二つの影が現れた。 

「帝國華激團参上!」

 煙が晴れたその場所には、太陽の光りに照らされた、紫色と赤色の霊子甲冑『神武改』の勇姿があった。

「え!?………帝…國……華撃……團」

 目の前に母から何度も聞かされた帝國華撃團!その華撃團が現われたのだ。

「おい、れいか。たった二人だけなのに團はないと思わないか?」
「文句なら、米田司令におっしゃってください。人数が二人だとしても團は團だと言われたのは米田司令ですのよ」
「それはそうだけどよ………っと、それどころじゃなかったな。お?」

 突然、二体の魔物がセンカに襲いかかる。どうやら魔物は神武改を吉野よりも危険な存在と判断したようだ。

「けっ、たった二ヒキかよ、あたいも嘗められたもんだ」

 センカの赤い神武改は足を開き、間合いを計る。
 荒々しく走ってきた魔物は、あと数メートルという所で跳躍した。上空から頭部を襲うつもりだ。しかし魔物の鋭いツメが機体の頭部を引き裂かんとした瞬間、センカの機体が前に倒れこむ。

「これでもくらいな!」

 センカの機体が地に手をつけた瞬間、はじける様に足が飛んだ!
 
ズバーンッ

 神武改のかかとが、目標を逃した二体の魔物の顔面にめりこんだ。
 二体の魔物は断末魔を上げることも許されず、地面に崩れさる。

「す、すごい」

 空手の奥技は一撃必殺!センカはそれを見事証明してみせたのだ。

「なんでえ、こいつらただの土人形じゃねえか」

 いともあっさり仲間をやられた魔物達に動揺が走る。

「さあ、次はわたくしの出番ですわよ!」

 薙鉈を横一文字に構えたれいかは、魔物めがけて走りだす。まるで氷の上を滑るように、足の動きに無駄がない。

「神崎風塵流……鶴鷹旋!(かくようせん)」

 叫ぶと同時に機体は跳躍し、両手に握る薙鉈で二つの大きな弧をえがく。
 炎の刃が、数体の魔物を吹き飛ばした。これが空対地攻撃の見本だと言わんばかりの腕前だ。『鶴のごとく舞い上がり、鷹のごとき爪が敵を裂く』それが鶴鷹旋だ。美しく舞い敵を倒す、神崎風塵流の全ての技に通じることわりである。
 敵の一画をくずしたれいかは、吉野の背後に回り込む。

「うしろのあなた、わたくしが来たからにはもう大丈夫ですわよ」

 れいかは魔物を牽制しつつ吉野に声をかける。

「え?、あ、はい」
「でも、大刀一つでよく今までもちこたえられたものですわ。そんな物では魔物に傷一つもつけられないでしょうに」
「え?」

 れいかは気付いていなかった。この吉野こそ帝國華撃團の新しい仲間であり、自分達が探している相手である事を。
 いや、れいかだけでなく、センカもこの少女がその手に握る大刃で何体もの魔物を倒したとは夢にも思わなかった。せいぜい魔物を刀で牽制して、逃げ回っていたのだろうと思ったのだ。なぜ帯刀しているかなどは頭にはなかった。

「あ、あの……わたしは……」

 吉野が何か言おうとしたとき、また数体の魔物が宙に舞う。

「先走るんじゃねーよ。この目立ちたがり屋!」

 魔物の壁を破ってきたセンカは、れいかに詰めよると荒い口調で責めたてる。

「なんですって。このわたしがいつ目立ちたがりました!」
「いつもだろうが!」

 センカとれいかは、いまだ魔物に取り囲まれている状況下でいきなり口喧嘩を始めてしまった。
 
「あ、あの……今は喧嘩してる場合じゃ……」
「てめえはすっこんでろ!」
「邪魔ですわ!」
「は、はいっ!」

 二人の凄まじい剣幕に押され、吉野は思わず返事をしてしまう。

「だいたいテメエは、初めっから気に入らなかったんだよ」
「そのセリフそっくりそのままお返しいたしますわ!下品の上に礼儀しらず!。よくそれで女をやっていられますわね。オホホホホ」

 れいかの言葉に、センカが思わず神武改の手をふりあげた時、悲鳴が上がった。

「きゃああああ」

 吉野の顔が跳ね上がる。

「よしみちゃん!」

 はじけるように吉野は駆けだした。

「お、おいこら。おめえが行ってどうすんだ!戻れー」

 我に返ったセンカがそう叫んだが吉野は止まろうとしない。

「あ、危ない!」

 一体の魔物が吉野の正面から襲いかかる。
 死ぬ!二人が想そう思った瞬間、想像だにしなかった光景を見た。

「やあああああっ!」

 吉野の手に握られた霊剣『荒鷹』は、光の軌跡を描き魔物の胴を切り裂いた。

「なにいいい!」
「なっ、えーっ、……うそ」

 吉野は土くれに戻った魔物を踏みつけ、弁天堂へと走っていった。

「……見たか……今の……」
「あ、あんなチンケな刀で魔物を倒したですって?」
「なにモンだあいつ」
 
 惚けた口調ではあるが、身体だけは律義に動かし、魔物と戦う二人であった。


    



 (よしみちゃん、しょうくん無事でいて!)

 吉野は心の中でそう念じながら悲鳴の聞こえた方に向かう。

「よしみちゃん!しょう君!」

 不忍ノ池、弁天堂近くで足を止めた。
 魔物の姿は見えないが、その身体から発せられる妖気が吉野の肌に強い刺激を与えていた。
 慎重に進みながら弁天堂を見ると、本堂の影で何かが動いた。

「よしみちゃん!」

 怯えた様子のよしみがいた。そのすぐ後ろにもしょうの姿が見て取れる。どうやら二人とも無事のようだ。安堵した吉野は、ゆっくりと弁天堂に近づいていく。

「おねえちゃん!あぶない!」

 よしみの声が聞こえた瞬間、吉野の頭上に殺気が現われた。上を見たらだめだ!吉野の身体は頭が考えるより速く横に飛ぶ。

ズンッ

 今しがた吉野のいた場所に大きな音と共に砂埃(すなぼこり)がたちこめた。
 近くにいては危ないと判断した吉野は弁天堂を背にするように距離をとる。
 しだいに砂埃が晴れてくると、音の主がその姿を現した。
 魔物だ、しかも先ほどの魔物とは毛並が違う。その体毛は黒く、その目は血の色のように赤かった。
 砂埃が完全に消えると、漆黒の魔物は吉野の足もとを見つめ、目を細めて笑った。
 足元で音がする。水滴が落ちる音。
 真っ赤な水が吉野の腕をつたって大地にしたたり落ちる音。
 吉野は魔物の攻撃をかわしきれなかった。
 魔物のその鋭い爪を左手に受けていたのだ。

うぐるろろろろろろっ

 漆黒の魔物は己が爪に付いた血をひとなめすると、雄叫びをあげた。

(こいつ、傷つけるのを楽しんでいる)

 「ハッ」と吉野は幼い姉弟を見る。
 先程は気がつかなかったが、二人の着物は所々破け、手足には小さな傷が無数に刻み込まれていた。この魔物はいたぶっていたのだ。必死に逃げるこの幼い姉弟を……。

 「ゆるせない。絶対に許せない」

 吉野が大刀に手を掛ける。左手に痛みを感じたが、気力でそれを堪えた。
 居合いの構えの吉野を見た漆黒の魔物は、細くなった目を更に細め大地を蹴った。
 吉野と魔物との距離が詰まる。

「やあーーーーっ!」

 鞘から飛び立った鷹は、吉野の前方を凪いだ。が、しかしその荒ぶる鷹は獲物を捕らえる事ができなかった。

「しまった!」

 頭上を黒い影が通り過ぎる。
 居合いの間合いに入る寸前に魔物は跳躍し吉野の頭上高くを飛び越えたのだ。
 魔物の狙いは吉野ではなく、その赤い瞳が見つめていたのは弁天堂の影。
 脅えている幼い姉弟!
 
「よしみちゃん!しょうくん!逃げてー」
 
 吉野の叫びは天に通じた。

ドドンッ!!

 頭上で大きな音がしたと思うと、魔物の横に爆発がおきた。何か大きな物がその場所に打ち込まれたのだ。そう……大砲のような何かに。

ぐぎゃおうううっ

 爆風が魔物を、弁天堂から遠ざけるように吹き飛ばす。
 
「なっ、なにあれは」

 とっさに見上げた吉野の瞳に黄銅色の一隻の飛行船がとびこんできた。 

「まかさ、翔鯨丸?」
「へえ、翔鯨丸を知ってやがるぜこの女」
「いったい何者ですの?」

 いきなり後から声が聞こえてきた。
 吉野が驚いて振り向くと、10mほど後ろには二体の『神武改』と二人の女性が立っていた。

「あなた方は!」
「よう、おめえのおかげでとりあえずは死人が出ずにすんだみたいだな」

 センカはそう言いながら吉野に近づいていく。

「わ、わたしは、ただ………」
「おねえちゃーん」

 何か言いかけたとき、弁天堂から幼い姉弟が大声で叫びながら、吉野に向かって走ってきた。
 
「よしみちゃん、しょうくん!」

 泣きながら走ってきた幼い姉弟を吉野はしゃがんで受け止めた。 

「エグッ……エグッ……こわかった、こわかったよー」
「おねえちゃん!おねえちゃん!……」
「ゴメンね、恐い思いさせてゴメンね。もう大丈夫だから、もう大丈夫だからね」

 幼い二人をあやす吉野を見たセンカは、何やら暖かい物を感じていた。

「まったく。たいした奴だな」
「たいした事ありませんわ。わたくしならもっとスマートに倒していますわ」

 センカが何か言おうとした時、神武改の中から叫び声が聞こえてきた。

「センカ!れいか!気をつけて!」

 次の瞬間!数体の魔物が草木の影から飛び出してきた。

「なに!全て片付けたはずだぜ!」
「センカさん!早く神武改へ」

 センカとれいかは神武改へ乗り込むが、向こうの方が早い!

「駄目だ間に合わねえ!」

 吉野が振り向いたその魔物の中には、血を流した黒い毛の奴がいた。そう、その魔物だけが赤い血を流していたのだ。吉野は理解した、他の魔物を使役していたのはこの漆黒の魔物だと。

「漆黒い魔物!この二人にはもう指一本触れさせないわ!」

 吉野は姉弟の前に立つと、腰に差した霊剣『荒鷹』に手をかけた。

「破邪剣征……」
「ば、馬鹿!早く逃げろ!」

 センカが叫んだ瞬間、『荒鷹』が鈍く光る。

「桜花放神!」

 眩しい程の光が、サクラの花びらを巻き込みながら、魔物の集団を貫いた。

バシュウウウ

 漆黒の魔物が霧散する。
 と、同時に、他の魔物も次々に土に還っていった。

「す、すげえ。本当にいったい何モンなんだこいつ」
「ふー。まだわかりませんのセンカさん?。本当に頭の悪い……」
「なんだとー、じゃあおめえには分かるってのか!」
「分かるもなにも、魔物を倒す力を持った人間は限られてますわ。私達は上野公園に何しに来たと思ってますの?」
「何って、魔物を倒して……」
「そういう事ですわ。この人が私達の……」

 ドサッ

 なにかの崩れ落ちる音がした。

「おねえちゃん!おねえちゃん!」
「え?」
「お、おい、おまえ!」

 そこには、大刀を握りしめたままの吉野が力なく倒れていた。




次回予告

次回予告(『なおろうでぃんぐ』で止まってしまった方用)